しかし兄である朱鷺はその事について何かを言うつもりも、するつもりもなかった。
自身の心を守るために志貴がそれを望んだのなら無理に治す必要はないと思ったからだ。
離れた場所でダーツに興じている妹を見る。
目の前で両親が死んで逝く姿を見て、平然としていられる訳がない。
特に志貴はまだ幼く、甘えたい時期だったのだから、なおさら深く傷付いたことだろう。
「そのせいか友達も少ないみたいでさ、もし良かったら構ってやってくれよ。」
人と接する事と減ったせいか口数も極端に少なくなってしまい、少し心配していた。
だからこそ泰河が触れた時に嫌がる素振りを見せなかったときは驚いたが。それに自分の好きな本を人に貸す姿なんて初めて見た。
よっぽど気に入ったのかもしれない。
「…気が向いたらな。」
そう言って妹を横目に眺める泰河に素直じゃないなと朱鷺は僅かに苦笑した。
「んじゃ、オレが遊んであげる〜。」
カウンターに寄りかかっていた銀二が言って、志貴の元へ行く。
突然現れた銀二に驚くことなく、貸してぇと差し出された手に志貴はダーツの矢を渡した。
狙いを定めるように二、三腕を動かしたかと思うと銀二の手から真っ直ぐ綺麗な線を描いて矢が中央へ刺さる。
それを見て志貴が小さく声を上げた。
無表情には変わりなかったが何となく雰囲気は楽しげである。
銀二にうるさく呼ばれた泰河も億劫そうに椅子から立ち上がって矢を一本掴んだ。そのまま適当に的へ投げる。
が、それは見事に銀二が当てた矢の横、つまり的の真ん中へ的中した。
勝負だと躍起になる銀二とあまりやる気のない泰河が交互に矢を投げる。
そんな様子を脇に座って眺める志貴の目は微かだが眇められており、どちらかが的の中央に当てると小さく拍手を鳴らす。
時折漏れる小さな歓声に、周囲も乗って、ダーツの周りは不良たちでいっぱいになっていた。
妹の隣りに兄が座れば硝子玉のような瞳が見上げてくる。
「楽しいか?」
分かってはいても聞かずにはいられなかった。
うん、と頷く妹の視線がまたダーツに釣られていく。
昨夜はどうなるかと思ったけれど、案外妹には此方の方が合っているのかもしれないと僅かに目を輝かせている妹の横顔を見ながら朱鷺は思った。
「泰河ぁ、ちょっとは手加減しろってのぉ!」
「したらしたで文句言うだろーが。」
「くっそー!」
こんな穏やかな日々がずっと続けば良いのに。
騒ぐ銀二と泰河を見て、どこか楽しげな横顔に朱鷺も自然と笑みが浮かんだ。
無理に普通の人と同じ生活をしなくてもいい。
ただ本人が幸せに暮らしてくれればそれだけで良かった。
死んだ両親の代わりに育てては来たけれど、何時までも一緒にいることは出来ないのだ。
志貴を任せられる相手が漸く現れたんだと思う。
相手は少々普通ではないがそんなことは些細なことでしかない。
「ほら、お前もやれよ。」
ダーツの矢を渡す泰河と受け取る志貴。
…うん、悪くないじゃないか。
本人達の了承もなしにこんなことを考えるのは良くないかもしれないが、この二人の組み合わせは案外いいんじゃないか?
久しぶりに妹が何かで遊んでいる姿を目に焼き付けるように何時までも朱鷺は眺めていた。Prev Novel top Next