隣りにいる少女の起きる気配にふっと意識が浮上する。
久しぶりに熟睡した気がするなと頭の片隅で思いつつ、目を閉じたまま気配だけで少女の様子を窺った。
予想通りかなり慌てているらしい。動揺し、息を詰めた気配がすぐ傍から伝わってくる。
動くに動けないのか少女は隣りから離れる事無く留まっている。
…そうだ、もう少し危機感というものを持ってくれ。
そう思いながらも、何時までもこの状態というのは些か可哀想で、自分自身にとっても生殺し状態なので瞼を押し開く事にした。
ややボヤけた視界の向こうにいる少女と視線がかち合う。
すぐに白い頬が林檎のように真っ赤に染まった。
「あ、あの、…そのっ、」
お互いの顔の距離は手の平一つ分あるか無いかくらい。随分と近い。
何かを必死に言おうとして、何を言って良いのか分からず口を何度も開閉しては困ったように眦(まなじり)を下げる少女に助け舟を出す。
「お早う。」
「えっ?ぁ、おはよう…ございます…?」
「よく寝た。二度寝もたまには良いな。」
「そう、ですね…?」
起き上がって声をかけてくる私に流されて返事を返してくる少女の頭には疑問符が浮かんでいるように見える。
この状況の説明を聞くタイミングをきっと逃してしまったのだろう。
寝転がっている間についてしまっただろう少女の髪の寝癖を軽く撫で付けてやりながらベッドから立ち上がった。備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを二本取り出し、片方を少女に手渡す。
「ありがとうございます。」礼を述べてボトルに口を付ける少女を横目に自分も水を飲んだ。
それから腕時計を確認すると既に午前九時を少し回ったところだった。
朝食というには少し遅い時間だが何も胃に入れないのは体にも良くない。何より少し空腹感もある。
「軽く、何か食べに行かないか?」
ボトルのキャップを閉じていた少女に問えば肯定の頷きが返って来る。
ベッドから起きた少女はわざわざ此方に断りを入れてから洗面所に向かう。扉の向こうに消えてすぐ、小さな悲鳴が聞こえて来た。
それに思わず噴出してしまった。
実は少しクセっ毛らしい少女の髪は寝癖のせいで良い具合にハネていたから、鏡を見て驚いたのだろう。
洗面所から時折「うわぁ…」という落胆なのか驚愕なのか判別し難い呟きが漏れ聞こえる。
それでも直せたようで洗面所から出て来た頃にはすっかり何時も通りになっていた。
ただ慌てて洗面所に向かったせいでサンダルを履き忘れている。視線に気付いたらしい少女は自身の足元を見ると酷く驚いた顔をしてから急いでサンダルを履く。
忙しない姿に笑っていたからか少し不満げな視線を向けられた。
「食事に行こう。」
ウエストポーチを付けて少女に振り返れば近付いて来る。
廊下に出ると少女がホッとした表情を僅かに見せた。
漸く危機感を感じたらしい少女に呆れながらも、自分も少なからず男として見られているのだという微かな期待が胸に浮かぶ。
途中、部下達の部屋のインターホンを押して見たものの室内に人のいる気配を感じられなかったので二人で一階へ下りる。
中途半端な時間で、しかも寝起きだったのでレストランではなく外に点在する屋台で食事を済ませようという話になったためホテルを後にした。
屋台でサンドウィッチを買い、少々行儀は悪いが海岸沿いを食べながら歩く。
もう海で遊んでいる人々を見ながらサンドウィッチを頬張っていると隣りから「あ…」という声が聞こえて立ち止まった。
隣りを見ると足元に落ちてしまったレタスの欠片を残念そうに見る少女がいた。
食べ難そうにしていたので欠片がパンから零れ落ちてしまったのだろう。それぐらい誰にでもある事なのに、顔を上げて目が合った少女は恥かしそうにすぐ目を逸らした。
歩き出すと一瞬迷うような仕草を見せたものの諦めてついて来る。
食べ終わって指に付いたソースを舐め取っていると隣からティッシュを渡された。
小さく笑いながら「どうぞ使ってください。」と言われ素直に借りて汚れた手を拭う。
少女も食べ終わった手を拭い、使い終わったティッシュをゴミと纏めて袋に戻した。どこか捨てる場所があればそこで捨てれば良い。
「今日も暑いですね。」
日差しを遮るように手を額に当てた少女に頷く。
そういえば少女は帽子を持っていない。
午前九時過ぎでこれだけ日差しが強いと日射病や熱射病になってしまうかもしれない。
海岸沿いから街の中へ行くために少女に声をかける。
「そうだな、街の中へ戻ろう。」
「はい。」
道路を渡り、街の中へ足を踏み入れると途端に涼しくなる。
路地には沢山の木が植えられ、それらが日陰を作っているお陰か海岸沿いよりもずっと日差しは弱い。
やっと開き始めた店を冷やかし程度に見て周りつつ目的の物を探す。Prev Novel top Next