「――…そうだったか?」
思い返してみても、特にこれと言って引っ掛かるものはない。
だが少女が小さく頷いて笑うところを見るに、それは悪いことでは無いようだ。
少女が嫌な思いをしていないのならば良い。
少し緊張が解れた様子でオレンジジュースを飲む少女を横目にテレビを点ける。
静か過ぎては少女がまた緊張してしまうだろう。
ニュースを見ても大したものは無く、適当にミュージックチャンネルへ切り替えた。室内に流れるゆったりとしたクラシックに暫し聴き入る。
数分…もしかしたら数十分程かもしれない。
クラシックに混じって微かにだが呼吸音が聞こえてきたので、閉じていた目を開けた。
目の前に座る少女に顔を戻すと椅子に寄りかかって眠ってしまっていた。
まさか寝てしまうとは。
「………ユイ?」
確認のために名前を呼んでみたが反応は無い。
テレビ画面に映された時刻はまだ七時過ぎ。深夜まで起きていた少女が寝てしまうのは仕方が無いことだった。
立ち上がり、少女の肩に触れてみたが起きなさそうだ。
椅子に座ったまま寝ては体が痛くなってしまうだろう。眠る少女を抱き上げてベッドへ移動させる。
履いていたサンダルを脱がせ、随分と小さく細い足をベッドへ入れてやり、タオルケットをかける。自分には少々小さなそれも少女にはピッタリだ。
顔にかかってしまっている前髪を除けてやれば、普段はじっくり見ることの出来ない少女の顔が現(あら)わになる。
人種の違いからか自分よりも凹凸の少ない顔立ちは幼い。
タオルケットから覗く手は自分より一回りどころか二回り近く小さい。いや、全体的にパーツが小さいのだろう。
細い指など簡単に折れてしまいそうだ。
そんな‘自分との違い’を見付けてしまうと、このか弱い存在を守りたいと強く思う。
「―――…お休み、ユイ。」
そっと囁き、眠る少女の額に触れるだけのキスを一つ落としてから隣りに横たわる。
無防備な少女がもう少し自分を意識してくれる事を期待しつつ、エリスも目を閉じた。
【―――…お休み、ユイ。】
聞こえて来たエリスの優しげな声を最後に、二つの規則正しい呼吸音だけが小さなスピーカーから僅かに漏れる。
どうやら二人とも眠ってしまったようだ。
物音一つ立てずに黙ってスピーカーから聞こえてくる音に耳を傾けていた誰もが息を吐き出す。その大半が溜め息だった。
カチリ。誰かが機械の電源を切る。
「あぁもう!!映像は無ぇのか、映像は!!」
ガーフィルは唐突に叫んだ。
隣りに座っていたリューイが一瞬だが嫌そうな顔をして、人一人分離れる。
「仕方ないでしょ。カメラなんて隠したら流石に隊長にバレるよ。」
「でも音声だけじゃ何が起きてるのか分かんないっス〜…。」
部屋に飾られている絵画の裏に仕込んだマイクを思い出す。
その程度であれば何とかなったが、カメラとなると場所を取るし、あの隊長がカメラの存在に気付かぬはずもない。
見つかったらそれこそ、帰った時にどんなスパルタ訓練が待っていることか…。
一瞬誰もがゾッとして首を振った。
「会話だけ聞くと恋人同士には全く聞こえなかったしね。でも、彼女が寝た後になって漸く名前を呼ぶなんて隊長も奥手だよね。」
任務では常に先頭を切って銃弾飛び交う危険地帯を駆け抜ける姿を見ているだけに、押しの一手を行わないエリスにアレイストが首を傾げる。
それを聞いたガーフィルがいや待てと止めた。
「様子を窺ってるだけじゃないのか〜?ほら、何時も隊長が言うだろ?‘何事も情報を得て、万全の策で臨め’ってよ。」
「…隊長、ああ見えて策士。」
「成るほどね。情報を集め、周囲から少しずつ逃げ道を塞いで最後に攻める的な感じかな?」
「じわじわ追い詰めてって体力が無くなったところでヘッドショットってとこか。」
うんうんと頷く三人の話を聞いていたタイトが微妙に口元を引きつらせて問う。
「あの、隊長があの子をどうやって落とすかって話っすスよね…?」
「そうだよ?」「あぁ!」「…うん。」
「そ、そうっスよね。」
話だけを聞いていたら敵地への攻め込み方を話し合っているようにしか聞こえないような…。
頭の片隅でそんなことを思いつつも口に出せないまま、タイトは先輩達の会話に加わることで疑問を放棄した。Prev Novel top Next