結局、深夜遅くまで様々なゲームをしたためか翌朝、エリスは若干寝不足気味の状態で目を覚ました。
特に少女や部下達とどこかへ出掛ける約束もしていないが身に付いてしまった癖だろう。ベッドサイドのテーブルに置いてあった腕時計で確認すると、まだ朝の六時半である。
朝食には少しばかり早い。
部下達はいいが、遅くまで起きていた少女はまだ眠っていると思われる。
下手に起こしてしまっては可哀想だ。
タオルと着替え片手に浴室へ向かい、少し熱めのシャワーで目を覚ます。湯気で曇った鏡にふと視線を向ければ‘Go for it!’の文字。
昨夜の内に部下の誰かが書いたに違いない。何が‘頑張れ’だ。余計な世話というものをあいつらは知らないのかと嘆息しつつ、書かれていた文字を手で掻き消す。
そこで漸く鏡の下に置かれていた小さなビニールの袋に目がいった。
きちんと密封されたそれは湯気のせいか薄く曇っている。
袋を開けようとしたが手が濡れていることを思い出したエリスは壁際に置かれていたバスタオルで全身を拭い、先に下着とズボンを身に付けた。
タオルを首にかけたまま袋を開けて中身を確認する。
そして一瞬で鏡に書かれていたエールの言葉と、手の中の物を理解した。
オレンジのハイビスカスが描かれたプラスチックのカード。下の辺りに黒い太線が一本入り、カードの左上には【712】の数字。
エリスの部屋は713号室。
まさかと思う間もなく部屋のチャイムが鳴った。
カードを袋に戻し、紛失しては困るとベッドサイドのテーブルに置いてあったウエストポーチに仕舞う。
それから玄関に向かい扉を開けた。
嫌な予感は的中し、泣きそうな顔をした少女が立っていた。昨日と違い白のレースが控えめにあしらわれた半袖の丸襟ワンピースに、やや色落ちした七分丈のデニム姿で少女の好みそうな服装だった。
顔を上げた少女が此方を見上げ、何かを言うために開きかけていた口が止まる。
黒い瞳が見開かれ、みるみる内に顔が朱く染まるり耳まで真っ赤になった。
そういえば自分は風呂上がりで上半身に何も着ていなかった。
初々しい反応に気付かないフリをしてエリスは目の前の少女に問い掛ける。
「どうかしたのか?」
分かっているが一応の確認だ。
少女は少し視線を落として逸らしたまま泣きそうな声で言う。
「カードキーをなくしてしまいました…、」と。
隣りの、少女の部屋へ視線を向けた。閉じられた扉を見てから聞く。
「カードキーが無いのなら君が部屋から出てしまったら、戻れないだろう?問題無いのか?」
「あ…、」
カードキーが無いのに部屋を出て来てしまった少女が顔を青くする。
慌てていたのか、緊急事態に混乱していたのか。
頼ってくれることは嬉しく思うが少し抜けている少女に内心で苦笑した。
部下の誰かが少女からスッただろう、ウエストポーチの中のカードキーが頭を過ぎる。
少女には悪いがせっかくのチャンスを無駄にするつもりも無い。
「カードキーの事は従業員に後で伝えておこう。とりあえず中に。」
「はい、…ごめんなさい…。」
「気にしなくていい。」
少女に非は全く無いのだから。
室内に招き入れ、手近な椅子に座るよう促す。テーブルに置きっぱなしだったカードキーを見て、また肩を落としていた。
何気ない動作でそのカードキーをズボンのポケットに仕舞う。
今だ視線を斜め下へ向け、目のやり場に困っている少女を見るのは楽しくない訳ではないが、これ以上意地の悪い事をするつもりもない。
エリスは荷物の中から服を引っ張り出して手早く着込んだ。
少女の方からホッとした雰囲気を感じ、気取られない程度だが笑ってしまう。
備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターとオレンジジュースを取り出し、少女へグラスに注いだオレンジジュースを手渡した。
自分は少女の正面の椅子に腰掛け、ミネラルウォーターをペットボトルから直に飲む。
シャワーを浴びた後だからか普段より喉が渇いていたらしい。中身の半分程を胃に収めてから口を離す。
感じていた視線を辿って少女を見遣ればグラスを持った状態のまま、此方を見つめていた。
「リーヴィスさんって、自分のことには無頓着だと言われたことはありませんか?」
唐突な質問だった。
「何度かあるが…?」
それがどうかしたのか、と視線で問い掛けると少女はやや苦笑気味に口を開いた。
「いえ、何時も周りに気を配っているのに、リーヴィスさんは自分のことは適当と言うか…あまり気にしないようだったので。」Prev Novel top Next