リゾート地と言うだけあってホテルを出ればサーフボードを持った青年や水着姿の女性など、様々な人々と擦れ違う。
夕方近いにも関わらず海辺には今だ遊んでいる者もいた。
砂浜に下りると少女は海へ一直線に歩いて行く。砂に足が取られるのか、たまにバランスを崩すので傍で見ていて心配になってしまう。
少女自身も気が急いていたのかエスパドリーユサンダルを脱いだ。
普段から淑やかな少女の意外な一面に驚きながらも、年相応の行動にエリスは思わず笑ってしまう。
「あぁ、待て。」
今にも駆け出しそうな勢いの少女に声をかける。
振り返った黒い瞳が瞬く。
「?」
「邪魔だろう?私が持つ。」
「え、あっ!」
エスパドリーユサンダルを手から抜き取り、少女の背を軽く押した。やや戸惑った様子で此方を見上げたものの海が気になるのか小さく礼を述べてから、波打際へ駆け出しだ。
その後をゆっくりとエリスが追いかける。
波が寄せてくる度に逃げ、波が引くと追いかけを繰り返している少女を少し離れた砂浜に座って眺めることにした。
波の音と少女の楽しげな笑い声が砂浜に響く。
穏やかな空気に自然と口元が弧を描くのが分かった。
砂浜に手を付いた際に指先に何かが触れる。硬い感触に視線を落としてみると小さな貝殻が砂に埋もれかけていた。
滑らかな白に夕日のオレンジ色が映えて柔らかな色合いをしている。
それを拾い上げながら周囲を見渡せば、意外にも貝殻はそこいら一帯にちらほらと転がっていた。
立ち上がり、砂を払いつつ一つ二つと貝殻を拾う。
小さな貝殻はあっという間に片手の掌いっぱいに集まり、エリスは波打際で沖を眺めていた少女の名を呼んだ。
「――…ユイ、」
「?」
振り返った少女は不思議そうに首を傾げて歩き寄って来る。
片手に持っていたエスパドリーユサンダルを先に履かせた。
それから見やすいように手の平を差し出すと貝殻を目にした少女は明るい表情で声を上げた。
「わ、綺麗な貝殻ですね…!」
「手を出してくれ。」
「あ、はいっ。」
慌てて差し出された少女の手に、エリスは自分の手の中にあった貝殻達を全て落とし入れた。
微かな軽い音を立てて何とか小さな手に収まったそれを少女は大切そうに自身に引き寄せて眺める。
その横顔は夕日に照らされて貝殻と同じ色を宿していた。
「……可愛い…。」
矯めつ眇めつしていた少女の口から感嘆の溜め息と共に零れ落ちた言葉にエリスも頷く。
両手で貝殻を包んだ少女と共に砂浜を戻る。水平線に沈み行く太陽が名残惜しげに空と海面を染めて姿を消した。
段々に藍から紺へと夜の帳が空を包む下、貝殻を眺める少女が車道に出たり人とぶつかったりしてしまわぬよう気を付けながらエリスもその隣を歩く。
心地好い風が少女との間を吹き抜ける。
明かりが燈り始めた街の店々の前を通りかけた時、ふと露店から声がかけられた。
「お姉さん、お姉さん!これ使いなよ!」
気の良さそうな初老の男が袋を一つ差し出してきた。
透明なビニールの袋というよりも小さなバッグに見えるそれは、青の水玉模様が描かれている。
「え、良いんですか…?」
「あぁ、そんなに沢山持っていたら大変だろうからねぇ。」
「ありがとうございます。あ、何か買わせてください!」
「おや、別に良いんだよ。気を使わなくたって。」
差し出された袋に貝殻を入れ、受け取った少女が露店を覗き込む。
釣られてエリスも売られている物へ視線を滑らせた。
ネックレスやブレスレットを扱っている店だったらしく様々な種類の装飾品が並んでいる。
しかし少女はすぐに肩を落とす。
「あっ…私、お金持ってない…。」
目に見えて気落ちする少女には悪いがエリスは口元を手で隠して笑いを堪えた。
それはあまり意味も無く、少女が恨めしそうにチラリと見上げてくる。
それから逃れ、誤魔化すためにエリスは先程から気になっていた商品を指差した。Prev Novel top Next