「うぅ…っ、」
言葉にならない声を上げている少女の顔は耳まで赤い。
目を覚ました少女は案の定、自分の体勢に驚き、起き上がったものの椅子から転げ落ちそうになってエリスに何とか引き戻されたのだ。
すぐに隣りに座ったが部下達に一度起きた際の話をされ、やはり記憶に無かったようで怒涛の勢いで謝罪の言葉を口にした。
薬のせいだろうと言った時の不思議そうな表情には流石に罪悪感が湧く。
盛ったのは自分ではないが同僚の欠片も配慮のない行為を伝えるのは憚られ、思わず言葉を濁してしまったのだ。
そのせいか少女は自分が寝てしまったせいで迷惑をかけたと勘違いしてしまっているようなのだが、事実を伝える気にはなれなかった。
「あの、ところで…どちらに向かっているんですか?」
今更な質問ではあったが少女が自分同様に知らないのは仕方が無い。
「ハノバだ。」
「そうそうバカンスなんスよ〜。フェミリアさんが手配してくれたんスよ。」
「私も、行って良いんでしょうか…?」
「…大丈夫。」
まだ少し赤い顔で困った表情をしたものの、少女はそれ以上聞いてはこなかった。
既に目的地傍まで来てしまったし何より飛行機では降りるという選択肢が無い。
とりあえず荷物はフェミリアが用意してあるようだからと少女にせめてもの慰めの言葉をかけれやれば、小さく頷きが返された。
無事到着したハノバは暖かく、まさにリゾート地という言葉が相応しい場所であった。
まずは宿泊ホテルへ向かい部屋を頼む。
一人一部屋ずつ用意されたそこに各々荷物を置き、ついでに服を着替えてくることになった。何時までも長袖では暑くて堪らない。
荷物をチェックしたが入っているのは着替えの類と黒地に赤と白のストライプが入ったウェストポーチ。ポーチの中にはご丁寧に拳銃一丁とマガジンが幾つか詰め込まれていた。
まさかリゾート地で銃撃戦は起きないだろうと思いつつもキャリーバッグからそれを引きずり出す。
それから革のセカンドバッグには大量の紙幣が詰め込まれていた。
共に入れられていたメモには‘好きなだけ遊んできなさい!’というフェミリアからのメッセージが一言書かれている。
下の方に詰め込まれていた服も全て出し、固まった。……趣味じゃない。
だがしかし他に着る物もない。別に服に対してこれと言った趣向はあまりないが、これは少々悩む。
仕方が無く服に袖を通したものの鏡に映る自分に違和感が拭えない。
濃い青と薄い青の迷彩柄のタンクトップ、カーキ色の七部丈のカーゴパンツに合わせるのは黒のスニーカー。ちなみにスニーカーはウエストポーチと柄が揃っている。
突っ込まれていたサングラスはカーゴパンツに連なるチェーンの一部に引っ掛ける。さり気なくチェーンについていたロゴがサングラスの端に描かれたロゴと同じ事に気が付いて溜め息が漏れた。
格好が若者過ぎる気がして落ち着かない。
セカンドバックから適当に札束を取り出すと財布に仕舞い、拳銃とマガジンの入っているウエストポーチへ突っ込んだ。
それからウエストポーチを身に付け、部屋のカードキーをカーゴパンツのポケットに入れて扉を開けた。
廊下に出て扉を閉めるのと同時に扉の開く音がする。
確か右隣りは少女の部屋だったはずだと思いながら顔を向けると、扉から少し顔を覗かせた少女と目が合った。
エリスの服を見て一瞬目を瞬かせ、それから少女は眉を下げたまま怖ず怖ずと部屋から出て来る。
その姿に今度はエリスが目を見開いた。
柔らかなパステルピンクのキャミソールに薄手の白い半袖のパーカー、デニムのホットパンツから伸びる足には赤に白の水玉模様のエスパドリーユサンダル。
ふんわりとした服装を好む少女らしくない服に自分と同じ状態だったのだろうと直ぐさま合点がいった。
「あ、あの!この服はっ…!」
「分かってる、フェミリアが勝手に選んだものだろう。私も同じだ。」
詰まる少女に応えてやればホッとしたものの、恥ずかしそうにパーカーの裾を握ったり離したりと落ち着かない様子である。
やはり普段着ないものを身に付けていると落ち着かないのだろう。
とりあえず少女を促してエレベーターに乗り、ホテルのロビーへ向かった。
薄く黄色味がかった、けれど滑らかな肌と黒髪に興味を引かれるのかエレベーターに乗り込んで来る人々は少女へ視線を向ける。
それに気付いたらしい少女は視線を足元に落として俯いてしまった。
視線から隠すために少女の前に立つとあっさり人々は視線を逸らし、各々で会話を始める。
一階に到着したエレベーターから降りてロビーに出たものの部下達の姿はない。
訝しく思っていたエリスにボーイが話しかけてきた。
「エリス・リーヴィス様でしょうか?」
穏やかな笑みを浮かべるボーイに頷くと「ご友人より此方をお渡しするようにと言付かっております。」と一枚のメモを差し出した。
「……分かった。ありがとう。」
「どう致しまして。」
メモを読んだエリスはボーイにチップを手渡し、隣りにいた少女へ向き直る。
手の中で握り潰されたメモ用紙には‘PB’とだけ書かれていた。
PB――…プランB。
‘各自単独行動せよ’という意味である。
意味を知らない少女は不思議そうに此方を見上げてきた。
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無い。タイト達はそれぞれ適当に出掛けたようだ。」
もう羽目を外しに出掛けてしまった部下達に呆れつつ、メモをゴミ箱に捨てる。
単独行動と言っても別段出掛けたいと思う事もない。
一人ならば部屋に戻るところだが今は少女がいる。
「どこか出掛けたい場所はあるか?」
「え?」
「女性が一人で出歩くのは良くない。私で良ければ付き合うが…。」
少女は理解するのに数秒かかったようでキョトンとし、それから照れた様子で「お願いします。」と頭を下げた。
以前よく耳にしていた‘ご迷惑でなければ’という言葉がない事に気が付く。
前よりも気を許してくれているのかもしれない事が何となく嬉しく思う。
そのままどこへ行くか聞いてみると、少女は少し声を落として「海を見に行きたいです。」と言った。Prev Novel top Next