あの夕食の一件から、少女と食事に出かける回数がエリスは増えた。
とは言え二人きりという訳でもなく専ら部下達に巻き込まれるような形で、なのである。
それでも少女は楽しげにしているし、部下達も少女がいるからか下手に羽目を外す事もないし、フェミリアから呼ばれる事も無く平和だった。
―――…今日までは。
「どういう事だ、説明しろ。」
乗りなれた黒いバンの後部席に座ったまま、運転席でハンドルを握るフェミリアをエリスは睨み付けた。
隣りに座っている……正確に言うと寝息を立てている少女の右手首とエリスの左手首は特殊な手錠で繋がっている。
「バカンスよ、バ・カ・ン・ス。せっかくの長期休暇なんだから暖かい南国の島にでも行きなさい。」
バカンスにしたって、そもそもどうしてこの少女まで巻き込むんだ。
何時もと変わらず悪びれた風のないフェミリアに頭が痛くなる。
…いや、頭が痛いのは今の状況だけが原因ではないだろう。
珍しくフェミリアに食事に誘われ、そこで食べた物の中に睡眠薬でも混ぜられていたに違いない。寝起きですこぶる機嫌も悪いが同僚に薬を盛られたという事実が実に不愉快だ。
それに気付いたのかフェミリアがバックミラー越しに謝罪の言葉を述べたが微塵も謝意が感じられない。
「一応聞いておくが、彼女も私と同様の手段で連れて来たのか?」
「そうよ。」
「…彼女にも予定くらいあるだろう。」
「あら、それくらい調査済みよ。」
ぐっすりと眠らされている少女に思わず同情の念を抱いてしまう。
自分も同じ立場なのだが何年も付き合いのある自分と少女では、目を覚ました時のショックの差は大きいはずだ。
手錠には小さなデジタル画面に表示された数字が秒単位で減っていく。
鍵のないこの手錠は時間指定で外れるようになっている代物で、無理に外そうとすればタイマーが止まり、専用の工具以外では取り外せなくなる仕組みの物だ。
つまり自力では外せない。ちなみにタイマーは二時間弱に設定されている。
「…どこに行けば良い?」
諦めて問い掛ければニッコリと楽しげにフェミリアが笑う。
「ハノバよ。今の時期が一番気候も安定しているし、小島だけどリゾート地で有名なんだから。」
「彼女のパスポートは?」
「そんなものとっくに手配済み。まぁ、軍用機で行くから貴方が気にする事じゃないわよ。」
研究者は軍の中でもかなり地位が高いと言うが、此処まで我が侭を通す者もそういないだろうな。
軍用機で旅行とは随分な話だ。
やっとバンが停車したのは空港で、そこには既に部下達が待機していた。
「嬢ちゃんは俺が運ぶぞー。」
そう言ってガーフィルが未だ眠っている少女を抱き上げる。
大柄な男なだけに、まるで小さな子供を抱えるように腕に乗せ、肩に寄りかからせた。
力なく下がる少女の手首と自分の手首を繋ぐ鎖に一度小さく溜め息を零す。
ハノバまで四時間強かかるのだから、これが外れるのは軍用機に乗ってから。わざとそうなるようにタイマーを設定したのだろう。
「にしても嬢ちゃんよく寝てんなぁ。」
ガーフィルの言葉にフェミリアが苦笑する。
「薬が効きやすい体質みたいだから、これでもかなり少なめにしたのよ。……でもまだ起きそうにないわね。」
抱き上げられても、周囲で人が話していても起きないという事は薬がよく効いている証拠だ。
空港内を抜けて軍用機が停めてある滑走路へ向かう。
荷物は勝手に詰め込んであるらしい。少女と自分の分はフェミリアが用意しておいたとも言っていたが、何故か言い知れぬ不安を感じてしまう。
だが何か言おうとする前に、せっつかれて軍用機へ乗り込んだ。
普通の航空機と違い両側の壁全面に設置されている椅子に腰掛ける。椅子の並びだけ見るならば電車のようなものだ。
少女は隣りに寝かされ、その頭が膝の上に乗せられているものだから下手に動くことも出来ない。
逃げる間もなく飛び立ち始めてしまった機体に今度こそエリスは深い深い溜め息を吐き出した。
部下達の様子からするとフェミリアは前もって自分と少女以外には話してあったのだろう。
サプライズなのか、それともただ反応を見たかっただけなのか。フェミリア自身は行かないというのに何故こんな事をするのだか。
規則正しい寝息を零す少女の頭が膝から落ちないように気を付けながらエリスも目を閉じた。Prev Novel top Next