街の中心は平日であっても随分賑やかだった。
以前からよく行っていた店のあるビルの立体駐車場へ車を乗り入れる。
少女と二人で駐車場から伸びる通路を抜けてビルに入れば、大勢の人々が楽しげに談笑をしながら通り過ぎて行く。
こういう人口密度の濃い場所はあまり好かないが服は必要なので仕方が無い。
女性らしく少女は色々な店を遠目に眺め、それから此方を見上げてくる。
「何を買うんですか?」
「服だ。長期休暇が久しぶり過ぎて服が足りない。…今までは仕事ばかりで軍服さえあれば十分だったからな。」
「それは確かに困りますね。」
可笑しそうに、けれど柔らかく笑う少女に自然と自分の口許にも笑みが浮かぶ。
行きつけの店があるのだと言い、そこへ向かう。
メンズ服しか置いていない店は全体的に黒で統一してある。が、女性はやはり入り難い店だろう。生憎自分がいるので少女は素直に後ろをついて来た。
カウンターに居た店員がエリスを見ると嬉しそうに声を上げる。
「リーヴィスさん、お久しぶりですね。最近いらっしゃらないので怪我でもしたのかと心配していましたよ。」
「すまない、仕事が長引いてな。…元気そうで何よりだ。」
「そりゃこっちは体張った仕事じゃないですから。」
この店に来始めた頃からいる店員は明るい笑顔とハキハキとした喋り方がまさに商売人という風だ。
そうして少女を見つけておや?っという顔をする。
口には出さずに片手の小指を上げて「コレですか?」なんて聞いてくるのだ。
違うと否定すると何故だか酷く残念そうな様子で頷く。
後は何時も通り服を見て、気に入った物があったら買う。それだけだ。
自分の身体のサイズくらは熟知しているので試着などという面倒な事はしない。
少女もメンズ服が物珍しいのか何時の間にか横を離れて店内をうろついている。
何着か気に入ったものを見繕い少女の傍へ寄ると、何やら服を触っていた。
シンプルなダークブルーと黒のボーダーラインが入ったのVネックのロングTシャツ。
胸元にワインレッドの鷹がアクセントに描かれている。
なかなかにセンスが良い。
不意に顔を上げた少女は漸くエリスが隣に立っている事に気が付いた。
余程集中していたのかビクリと肩が跳ねた。
「リ、リーヴィスさん…!いつからそこにっ?」
「ついさっきだが。すまない、驚かせたか。」
「いえ、大丈夫です…。」
言葉とは裏腹に胸を手で押さえて少女は小さく息を吐く。
少女が今だ触れている服を手に取れば「あ…、」と声が零れ落ちた。
「良い服だな。」
「え?あ、はい…その、リーヴィスさんに似合いそうだなと思って。」
「私もこういうのは好きだ。」
「そうなんですか?」
視線が今着ている服に注がれる。
わりと選ぶのが面倒で黒一色のカットソーやTシャツばかり買う事が多いが、別に他の服が嫌いという訳ではない。
「君はセンスが良い。」
手にしていた服を買う服達の上に重ねれば、少女は少し照れた表情で俯き加減になる。
そんな姿に一度目を細め、それから会計を済ませるためにカウンターに行く。
一部始終を見ていたらしい店員がニヤニヤと笑みを浮かべているのを黙殺しつつ、袋に収められた服を受け取る。
「またの来店、お待ちしてまーす。」という明るい声に送られて店を出た。
時刻を確認すると午後三時。休憩に丁度いい。
どこかの店にでも寄って休憩でもしようかと考えたが、隣を行く少女の横顔は少し疲れているようにも見える。
あまり来た事のない場所で長時間歩き回っていては仕方もないだろう。
袋片手に駐車場へ向かえば気付いたようで少女が声をかけてくる。
「もういいんですか?」
「あぁ。必要最低限あれば十分だ。」
「…物欲ないって言われませんか?」
「よく言われるな。」
必要以上あっても邪魔になるだけだ。荷物がかさ張るのも嫌だ。
そもそも他者に比べて私服でいる割合の方が少ないのだから、大量にあったって意味がない。
苦笑する少女と共に駐車場へ戻り車へ乗る。このまま送ろうかとエンジンをかけた時に、ふと思い出した様子で少女が此方を見た。
「そういえばリーヴィスさんのお宅はどの辺りなんですか?」
何気ない問い掛けに、そういえば少女には自身の自宅を教えていなかった事を思い出す。
別段教えなければならない必要性も無かったが、何かあった時を考慮すると知っていた方が良いかもしれない。
「そう言えばそうだな。……君さえ良ければ今から来てみるか?」
「え?」
「有事の際に場所を知っていれば何かと便利だろう。――君が良ければの話だが。」
暫し悩むような間を置いてから少女が頷いた。
「ご迷惑でなければお邪魔してみたいです。」
控えめな言葉に内心で苦笑する。
此方から誘ったのだから迷惑だなどと言うはずがない。
車の進行方向を自宅へ向けながら頷き返す。
自宅に人を呼ぶのは久しぶりだ。
部下達がたまに押しかけてくる事もあるけれど、自ら人を招くのはもしかすると今住んでいる部屋に移ってから初めての事かもしれない。
……言い出したのは自分だが、男の部屋に行くという事にあまり警戒した様子のない少女に一抹の不安を覚えた。
無防備過ぎる。少女の祖国は随分平和な国だからだろうか。
この街にも柄の悪い者達は山ほどいるし、女性が被害者となる事件も相当数ある。
――まぁ、もしもの場合は助けに行けば問題無いか。
それでも後で注意くらいはしなければと頭の片隅に刻み込みながら、ハンドルを左に切った。Prev Novel top Next