「?」
信号で停まった際に偶然少女と目が合うと、不思議そうに小首を傾げた。
何でもないと首を振って車を出す。
程なくして到着したのは以前行っていた軍用の病院から数キロ離れた場所にある研究所だった。
初めて来た場所だからか少女は窓越しにキョロキョロと外を見回している。
その間に門を顔パスで通り抜けて敷地内へ車を徐行させて建物の正面入り口脇の駐車場に止まる。
車から降り、少女を引き連れて研究所に足を踏み入れた。受付には話が通されていたらしく声をかければすぐさま立ち入り許可が出される。
手渡された許可証はラミネートされた小さな紙。上に紐が通されており、それを少女の首にかけてやった。
自分は軍人であるので必要無いが少女はこれが無ければ非常に不味い。
少しの間許可証を見てから少女はやや照れたような表情で礼を述べてくる。
それに頷きを返していれば聞き慣れた声が飛んできた。
「あ、居た居た。そろそろ来る頃だと思ってたわ。」
上機嫌で歩み寄ってくるフェミリアにエリスは不機嫌を隠そうともせずに振り返った。
ニコニコとした笑顔に一層自身の機嫌が下降するのを感じる。
「全く。此方の予定も少しは考えろ。」
「あら、怒ってる?」
「当たり前だ。私にも、彼女にも予定の一つや二つはある。」
「貴方にも予定なんてあったのね。」
「‘にも’は余計だ。私だって買い物くらいしたって構わないだろう?」
これで怒らないのは隣りで少し緊張している少女くらいのものだ。
しかしフェミリアはさも愉快だと言う風に笑い、軽く謝罪の言葉を口にした。
悪いと欠片も思っていないのは明白だが、それを追求してもどうせ真面目に取り合わないはずだ。
色々と言いたい事はあったが諦めて息と共に内心の鬱憤を吐き出す。
研究室へ向かうために歩き出したフェミリアの後をついて行こうとし、クンと引かれた服の裾に引き留められる。
辿って見ると少女が上着を掴んでいた。
「あの、すみません。せっかくのお休みなのに付き合わせてしまって…。」
申し訳なさそうな様子に先ほど自分がフェミリアに言った文句が原因だと気付く。
……しまった。そう来たか。
何気無しに発してしまっていた自身の失言に頭の片隅で反省しつつも、見上げてくる少女に首を振る。
「いや、君が悪い訳ではない。謝罪する必要も無い。」
「でも…、」
納得していない少女は何やら考えているらしく口を開けたかと思うと閉じる、という行動を何度か繰り返し、やはり謝罪をしてくるばかり。
必要以上に気にし過ぎるのは如何なものだと思うが。
これでは何時まで経っても堂々巡りである。
「なら、今度君の予定が空いている日にでも買い物に付き合ってくれないか?」
そう声をかけてやれば少女は目に見えて表情を明るくした。
どうやらこの誘いは正解だったらしい。少女は何度も頷いて「私で良ければ。」とはにかんだ。
それから立ち止まっていたので少女の背をそっと押してフェミリアの後を追うよう促してやる。
少女は素直にそれに従って歩き出した。
やや離れてしまったフェミリアとの距離を早足で埋めてついて行く。
一歩後ろを歩く少女だが振り返らなくても周囲を見回しているのがよく分かる。入院していた時もそうだったがやはり好奇心は旺盛なようだ。
廊下の突き当たりに設置された床から天井まで高さのある窓を見て感嘆の息を漏らす。ステンドグラスでこの国の国旗が描かれているが、この窓は実は厚さが三センチもある防弾ガラスだと教えたら一体どんな反応をするのだろうか。
少女の歩みが自然と遅くなる度に少し大き目の足音を立てて促した。
少し距離が空くと後ろからパタパタと軽い足音が追いかけてくる。
小柄だと足音も軽く、ともすれば子供が走っているように聞こえた。
現に廊下を歩いていた数人の研究所職員は少女へ物珍しげな視線を向け、たまにエリスと見比べて可笑しそうに笑みを浮かべる者もいた。
フェミリアが漸く研究室に到着する頃には流石の少女の好奇心も落ち着いたのか素直に後ろについて来ていた。
扉を開けつつ此方を見たフェミリアが「親鳥と雛みたいね。」と茶化してきたが軽く肩を竦めて流す。少女には聞こえていなかったらしく此方を見てキョトンとした表情で目を瞬かせた。
「ようこそ、私の研究室へ。」
少しの勢いをつけて開かれた扉の先に広がる、白で統一された部屋。そこに並ぶ様々な機材と診察台、壁際の棚には注射器や試験管の他に使用用途のよく分からないものまである。
少女は小さな口を開けたまま、意味を成さない声を漏らして部屋を眺めた。
言動は年相応なのに行動はまだ子供っぽさが残るのと童顔な顔が相まってより幼く見える。
フェミリアもそう思ったのか小さく笑って入室するよう促した。
少女は真面目に「失礼します。」と一言断ってから部屋に入る。
その後ろからついて行き、エリスも研究室内に立ち入った。Prev Novel top Next