全体的に白とアイボリーを基調とした柔らかな店内には至る所に青々とした観葉植物が飾られている。
落ち着いたピアノクラシックが流れ、此処だけは時間の経過がとてもゆったりと流れているように錯覚してしまいそうになった。
紙袋を持った少女は真っ直ぐにカウンター席に向かっていく。
そこにはテーブルを磨き上げている女性とカウンター内で真っ白な陶器のカップを拭いている男性がいた。
彼らを見て少女は「マスター!奥さん!!」と明るい声で呼びかける。
女性が声に気付くと驚いた表情をしたものの手に持っていた布巾を残して近寄ってくる。心配と安堵の色が綯い交ぜになった瞳がしっかりと少女を捉えていた。
「ユイちゃん?!もう大丈夫なの?!!」
そのまま少女を抱き締め、一度離して顔色を確認する。
自分よりも少し年上だろう女性は少女の顔や体に触れながら聞く。
「はい。すっかり元気です。」
「そう…!良かったわぁっ!!」
そうしてまた強く抱き締められて、少女は困ったような、けれどとても嬉しそうな表情で「ご迷惑おかけしました」と言いながら紙袋を差し出す。
カウンターから出てきた男性が穏やかな笑みを浮かべて受け取った。
泣きそうになっている女性の肩を落ち着かせるように軽く叩き、此方へ振り向く。
「先日は突然の電話、失礼しました。エリス=リーヴィスです。」
「あぁ、この間の方でしたか。」
「実は今回の件で、彼女に協力をして頂きたく…そのために少々お話があるのですが。」
未だ抱き締め合っていた少女と女性が離れたのを確認しつつ、これまでの経緯を細かく伝えた。
入院した理由については以前連絡してあったので話自体は思ったよりもスムーズに進んだ。が、少女が軍に協力するという件になると男性も女性も眉を顰める。
それは危険じゃないのか。もしもの事があったら。
そう問いかけてくる二人に返答を返すよりも先に、少女が口を開いた。
「私、人の役に立ちたいんです。」と。
真っ直ぐに見つめる黒い瞳にはあの時と寸分違わぬ強い光が宿っている。
二人が何を言っても少女は首を横に振るばかりで意志を曲げようとはしなかった。
アルバイトを辞めなければいけない、という話になると男性も女性も酷く落ち込んだ様子で方を落とす。
そんな二人に慌てて「時間のある時はここに来ます!」なんてやや勢いのある声で言ったからか、やがて二人は小さく笑った。
「ユイちゃんが決めた事ならしょうがないわね。」
「頑張るんだよ。だけど、無理は禁物だ。」
了承の言葉に少女は目を輝かせて何度も頷きながら返事をした。
少女にとっては第二の家族のような存在なのかもしれない。
そこでふと少女の両親にこの話をしていない事に気が付いた。すぐにでも連絡した方が良いだろう。
少女にその旨を伝えると苦笑が返される。
「昨夜電話で話しました。…好きなようにしなさい、そう言っていたので大丈夫ですよ。」
ほんの僅かだが言葉の端々に滲み出た諦めとも寂しさとも感じ取れる揺れに、そっと少女の頭に手を置く。
気の利いた言葉など言えなかったが、少女は分かったのか微笑を浮かべて「ありがとうございます」と呟いた。
やはり直ぐに直ぐ、溝が埋まる訳ではない。時間をかけて少しずつ、ゆっくりと互いに理解し合っていけば良いのだ。
少女と共に男性と女性に別れを述べてから店を出る。
少なからず緊張していたらしく、店を出た少女はホッとした顔で胸を撫で下ろす姿を横目に車へ向かう。
もう用事も無いだろうからと少女を自宅へ送るべく車へ乗り込んだ。
真横から差し出された紙袋に一瞬反応が遅れる。
「これは…。」
先程寄った店で買っていた少し小さめの紙袋。小さい、とは言えそれなりの大きさだ。
何故これが差し出されているのだろうか?
少女を見やればジッと黒い瞳がエリスを見つめていた。
「お礼です。色々としていただきましたし…これからもお世話になるので。」
ふっと悪戯が成功した子供みたいな無邪気な笑みが少女の顔に浮かぶ。
どうやらこれは最初から自分に渡される予定だったらしい。
無碍に断れず、紙袋を受け取れば笑みに喜色が混ざる。
…あまり甘いものは得意ではないんだがな。
せっかく貰ったのだし、またには良いか。
少女を送り届けたら甘い菓子に合うコーヒー豆を買いに行こう。
受け取った紙袋を後部席へ丁寧に置いて、礼を述べつつエリスは車を発進させた。Prev Novel top Next