ぼんやりと見るでもなく廊下を眺めていたエリスの視界に見覚えのある姿が二つ、入って来た。
立ち上がるのと同時に待合室に入って来たのは少女の両親である。
エリスの姿を見つけると穏やかな微笑を浮べ、会釈しつつ近付いてきた。
椅子を勧めればやはり礼を述べてから座る夫婦は困ったような顔をする。
「娘から話を聞きました。あの子の世話をしてくださったそうですね。」
「ありがとうございます。」
深々と下げられる二つの頭にエリスは慌てて制止をかける。
「止めて下さい。私が原因なのですから、当たり前の事をしたまでです。」
「貴方にとってはそうかもしれませんが私達は感謝しているのですよ。」
「もしも娘一人ではきっと心細かったでしょう。貴方がいてくださったお陰であの子は助かっていると言っておりました。」
「彼女が、ですか…?」
少女がまさかそんな風に言っていたとは思いもしなかった。
むしろ己を悪く言われても仕方が無いくらいに考えていただけに、夫婦の顔をエリスはマジマジと見つめてしまう。
夫婦は柔らかな表情のまま再度頭を下げた。先ほどと同じくらい深く、だ。
そうして「娘をよろしく頼みます。」と控えめに言う。
夫婦は無理をして仕事を抜け出してきたらしく直ぐに戻らなければいけないのだと、どこか寂しげに続ける。
「子供の大事に遅れて来て、挙げ句人任せだなんて恥かしい限りですが…。」
「いいえ、人にはそれぞれ事情というものがあります。突然の事でしたから、御二人に非は無いでしょう。」
「…貴方は優しい方ね。」
ふふふ、と口元に手を添えて微笑む女性にどう反応して良いものか困ってしまった。
だが気にした様子もなく夫婦は微笑み合った後に、椅子から立ち上がる。
見送りをするために立ち上がり、待合室の扉を開けて先に立つと夫婦はまた微笑を浮べた。
しかし階段のところまで来ると「これ以上の見送りは結構ですよ。」とやんわり言われる。
「ああ見えて、あの子は寂しがりなんです。それに意外とジッとしていられない子でして。」
「目を離すとすぐにどこかに行ってしまいますものね。」
それは初日から身をもって実感しています。
心の中でそう呟きながらエリスは頷いた。
夫婦をその場で見送ってから少女がいるであろう病室へ足を向けた。
ノックしがら懐に仕舞っておいた封筒を取り出したが、返事がない事をいぶかしく思い、一言声をかけて扉をスライドさせる。
また居なくなったのかと思いながら病室へ視線を投げれば少女はベッドの上にきちんといた。
ただ黒い瞳で空になった二つのパイプ椅子をジッと見つめている。物悲しげな、寂しげな表情に声がかけづらい。
どうしようかと思っている内に、自身の存在に気付いたらしい少女がハッとした表情でエリスを見た。
「すまない。ノックをして、声もかけたのだが反応が無かったので勝手に入ってしまった。」
「いえ…すみません。気付かなくて。」
「いや気にしないでくれ。……椅子を片付けても構わないか?」
「あ、はい。お願いします。」
少女は引き離すように椅子から視線を逸らす。
夫婦の先ほどの言葉を思い出し、何となく居心地の悪い気持ちになりながらパイプ椅子を閉じて壁際に寄せた。Prev Novel top Next