言うなれば、己より小さくか弱い存在を手の内に持て余してしまうという事だ。
彼女はきっとそんな経験をした事がないのだろう。
軽く頭を振って笑ってみせたエリスの様子に少女はそれ以上は追求して来なかった。
立ち上がり、テーブルを回って少女の傍に立つ。
「そろそろ部屋に戻ろう。……無理は禁物だ。」
話し込んでしまいそうな雰囲気を一掃させるため言い出せば、何故か彼女ではなく部下の方から不満げな声が飛んできた。
立たせようと少女の肩に触れた手から伝わる体温は少し低い。
あまり体を冷やしては体調を悪化させてしまう。
「ぇえ?もうっスかー?!オレ達ももっと話したいっスよ!!」
「なら続きは部屋だ。………寒くないか?」
唐突に問い掛けたからか、少女は一拍の間を置いて言葉を咀嚼した。
それから小さく頷いて「大丈夫です。」と言う。
だが昨日一日で何となく少女の性格が分かってきたエリスは、大丈夫だという言葉を正直信用半分、疑い半分で聞きつつ「そうか」と返す。
部下達を気にしながらも椅子から立ち上がった少女の手から、空になったカップを受け取り、先程と同様に投げた。
変わらず放物線を描いてごみ箱に落ちていったカップを黒い瞳が追っていた事に気付き、僅かに苦笑する。
カップがごみ箱の壁に当たるコン、という軽い音を合図に部下達も立ち上がった。
出口を示すように促しゆっくり少女が歩き出せば、柔らかな履物の足音がぺたぺたとその後を追う。
部下達の興味津々な視線には欠片も気付いていない。
廊下に出ると少女は左右を見て、「こっち、ですよね…?」と自信なげに片一方を指差した。
此方を不安そうに見遣る瞳に頷き返せばホッとし、正解したからか嬉しげに表情を崩す。
部下もいるせいか行きよりも大人数になって来た道を戻る。
帰りは行きよりもゆっくり、けれど色々と話しかけて教えて回る部下のお陰か少女は時折笑いながら楽しげに話しを聞いていた。
長身の男達に囲まれると本当に子どもにしか見えない少女の姿を眺めながら一歩後ろをエリスは歩く。
口下手な自分よりも煩いくらいよく喋る部下達に任せた方が良い。
が、不意に遠くから微かに聞こえてきた音に足を踏み出して少女の腕を軽く後ろへ引いた。
驚く声がしたけれども一拍置いて脇道から目の前を通り過ぎていったストレッチャーと何人かの医師や看護士を見送ってからエリスは腕の中の少女を見下ろす。
少女は通り過ぎていったストレッチャーが見えなくなるまで見つめている。
その目にはまるで己の事のように痛ましげな色が浮かんでいた。
「お前達、もう少し周囲に気を配れ。」
少女ほどではないが気持ち驚いた表情でストレッチャーを見送った部下達に軽く注意を入れる。
すると四人全員が声を揃えて「それは無理だ」と言う。
「隊長と一緒にしないでくださいッスよ。」
「僕達も鍛えてはありますけど、感覚器官は一般人とそれ程変わらないんだから。」
「まぁ、隊長は別格だからしょうがねぇって言ったらそれまでなんだけどよぉ。」
「隊長と同じは無理。」
そこまで言われると流石のエリスも何とも言えない気持ちになる。
己にとっては普通なのだが余りの言われ様に少し閉口する。
そこで漸く我に返ったらしい少女の手が、己の掴んでいた腕にそっと触れた。
細くしなやかな指の感触に視線を落とせば微かに困ったような顔をしながらも頬を薄く染めた少女が自身を見上げている。
「あ、あの…引き止めてくださってありがとうございます。」
必死に相手の目を見ようとして、けれども羞恥からか黒い瞳が伏せられる。それを何度か繰り返す少女をエリスは己の腕の中から解放した。
思っていたよりもかなり密着してしまっていたようで少女が離れると冷たい空気が間に割り込んでくる。
「いや、ぶつからなくて良かった。」
「よく分かりましたね。リーヴィスさんは耳が良いんですか?」
「自分は普通だと思うが…………周囲はそう思っているらしい。」
言いかけて部下の「普通じゃないっス!」「全然違うっての!」という野次にやや眉を下げながら言い直す。
そんなエリスと部下達を目を丸くして見ていた少女は不意に声を上げて笑い出した。
それ程大きな声ではなく、まるで小波を聞いているかのような控えめで耳に心地良い笑い声にエリスだけでなく部下達も少女を見る。
視線を受けても少女はクスクスと笑っており、小さく謝罪するが、やはり笑っている。
「ご、ごめんなさい。…皆さん、仲がよろしいんですね。」
軍の方ってもっと硬い方ばかりだと思っていたので何だか拍子抜けしてしまいました。
そう続けた少女に部下達が「そんなの隊長みたいな人くらい。」と言うものだから思わず眉が下がってしまう。自分はそんなに硬く見えるのだろうか?
エリスの表情に気付いたらしい少女が慌てて身体の前で手を横に振った。
「あ、勘違いしないでください。それを悪いこととは思っていません。むしろ身近に感じられて嬉しいというか……ごめんなさい。上手く説明はできないんですけど…。」
今度は少女が困った表情をする。
「構わない。下手に怖がられるよりマシだ。」
「…怖がったりなんてしませんよ。」
ふんわりと笑う少女に自然と己の口元にも笑みが浮かぶ。
すると部下が声を上げてエリスを指差した。Prev Novel top Next