「難しい話をしてしまったようだな。忘れてくれ。」
少女は何か言いたげな視線を投げかけてきたが、コーヒーのカップに口を付けてしまえば諦めた様子で己のカップに視線を落とした。
五つも年下の少女に己の価値観を伝えたところで理解するのは難しいだろう。
少女と自分では育ってきた環境も生きている場所も違い過ぎる。
コーヒーを飲み切り、紙のカップを軽く握り潰し、やや離れた位置にあるゴミ箱へ投げる。
それなりに綺麗な放物線を描きながら狙い通りに落ちていった。
顔を正面に向ければ少女の驚いた表情が自分を見ていた。
「どうかしたか?」
見開かれた目から黒い瞳が零れ落ちてしまいそうだ。
「なんだか意外でした。それとコントロールが上手だなぁと思って。」
「そうか?ワザワザ立ち上がるのも面倒だからな。投げて入るのならその方が楽だ。」
「ふふっ。もしかしてリーヴィスさんって面倒臭がりな人だったりしませんか?」
思わずといった様子で笑う少女に今度はエリスが瞠目する。
「…よく分かったな。」
「友達にもいるんです。面倒臭がりで投げるんですけど、一回できちんと入った例(ためし)がありません。」
友人を思い出したのかクスクスと笑う少女にホッとしつつも、変な所を見せてしまったと照れとも恥じとも言える感情が微かに頭をもたげた。
視線を逸らして宙を泳がせつつ話を変えようと思案してみる。
しかし良い案が思い付かず諦めて視線を戻すと少女はエリスを見つめていた。
「ホッとしました。リーヴィスさんって完璧な人なのかと思っていたので、普通の人と同じ一面が見れて少し嬉しいです。」
「そうか…。」
「はい。」
そう返事をした少女の笑顔は今までで一番柔らかく、温かなものだった。
そのせいか笑われていると言うのに嫌な気は欠片も起らない。
もう冷めてしまっただろうココアを飲む少女の顔を眺めていたが、不意に背後から聞こえて来た大声に別の意味で溜め息が漏れる。
「あっ!隊長発見っス!!」
「よくやったタイト軍曹。」
「光栄でありますっス、ガーフィル曹長!」
「………お前達は一体何がしたいんだ?」
振り返って見てみれば待合室の出入り口を塞ぐように部下達が室内に顔を覗き込ませている。
全員体格が良い男ばかりなので詰まっているとしか見えない。
呆れた視線を送られている事に気付いたらしいエリスの部下達は室内に入って来て、此方へ近寄ってくる。
少女をチラリと横目に見たがキョトンとした表情で部下達を見ている。
部下達は騒がしいくらいに笑いながら傍に来た。
一番年若く背の低いタイトでさえ身長が百八十近くあり、鍛え上げられた体はガッシリとしているため部下が揃うと随分威圧的だ。
「こんな可愛らしい女性と二人なんて羨ましいな。」
「でもホントちんまいなぁ。」
「…それ、失礼。」
「そうっスか?ちっちゃくて可愛いってコトっスよ〜。」
オマケに少女に対して失礼な発言ばかりしている。
「口を慎め。失礼だぞ。」
「「「「Yes,sir.」」」」
タイミングピッタリに返事を返す部下に、思わず額に手を当ててしまう。
聞き分けは良いが性質が悪いから困る。
「すまない。私の部下達だ。」
一番年若いのがタイト、少々フェミニストなのがアレイスト、無口なのがリューイ、一番年上なのがガーフィル。
簡単に紹介していけば少女は手に持っていたココアを置いてペコリと頭を下げ、名乗っていた。勿論全員少女の名前も今の状態を知っているだろう。
リューイとアレイストが少女の左右に座り、残ったタイトとガーフィルがエリスの左右に陣取った。
長身で体格の良い男達の中にいると少女は殊更小柄で細く見える。
少女もそう思ったのか全員を見回して眉を下げながら「皆さん大きいですね。」と呟いた。
正直言うとこの国の女性の平均身長にも満たない少女の方が小さいだけなのだが。
他の者もそう思ったのか笑ったり、苦笑を浮べたりする。
「小さいのはお嬢さんの方で、僕達は普通ですよ。」
「ちま過ぎんのも問題だなぁ。こうなんっつーか、触るもの怖ぇってなるなぁ。」
「怖い、ですか?」
「…力加減が難しそう。」
確かに細くて小さな少女は下手に腕を掴んだりしたら折れてしまいそうに見える。
一般女性よりも恐らく少し細いだろう少女は、まるで硝子細工のよう。落としたり扱いに気を付けなければ壊れてしまいそうだ。
未だ頭上に?を浮べている少女だったが本人には理解出来ないだろう。Prev Novel top Next