それからも何て事のない話をしたり、時折自身の仕事の話をしたりとエリスと少女は時間を忘れるように談笑に興じていた。
しかし部屋のスピーカーから聞こえて来た緩やかなクラシックの曲がその終わりを告げる。
重症患者でない限り、見舞いは午後七時までと決まっているのだ。
「今日は帰るとしよう。明日、また来ても構わないか?」
パイプ椅子から立ち上がってそう問いかければ少女はしっかりと頷く。
「はい。ご迷惑でなければ明日もお話を聞きたいです。」
「良かった。ではまた明日。」
「おやすみなさい。」
見送ろうとベッドから立ち上がろうとした少女を片手で制し、エリスは病室を後にした。
他の病室からも見舞いに来ていたのだろう人々が名残惜しそうに出て来るところである。
一般人は階段やエレベーターで一階へ下りるが、軍人であり警察でもあるエリスは五階まで階段を上がると空中の渡り廊下で繋がった軍の建物へと移った。
入り口に立っていた軍人が顔を見て敬礼をする。
それに軽く手を振ってエリスは中へと入る。
同階にある部隊ごとに分かれた仕事部屋に向かい、隣室の更衣室に入った。
己のロッカーについている指紋照合式の鍵を開けて来ていた服を脱ぐ。
軍服とも警察服ともつかないそれの内側は防弾チョッキと作りは全く同じ。ライフル
徹甲弾を防ぐ程優れた物だが重量もそれ相応にある。
分かりづらいが肘や膝などの部分にも保護当てがされている。
脱いだ服を更衣室の中央に置かれた背もたれのない大きなベンチに落とせば、ドサリと重たげな音が鳴った。
それらをロッカーに入れっぱなしだった紙袋に押し込むと、ハンガーにかけてあった私服を手早く着る。
灰白のシンプルなカットソーに細身の黒いジーンズ、柔らかそうな白いファーの付いたダウンジャケットを羽織った。
片手に紙袋を持って更衣室を出てから隣室の仕事部屋に行き、壁にあったパネルに触れて明かりの付いていた己の名を消す。
見回した室内に誰も居ないことを確認し、パネル上の名が全て消えていることを見てから部屋を出て鍵を閉める。
エレベーターに乗り、微妙な浮遊感を感じながらふっとエリスはふっと息を吐き出した。
…漸く、今日が終わる。
色々とあったせいか少し気怠い体を壁に寄りかからせて一階まで下りる。
エレベーターを出て外の駐車場に停めておいた己のバイクに歩み寄り、後部座席の左右に付けられた荷物入れに紙袋を入れると掛けてあったヘルメットを被ってバイクに跨った。
スタンドを片足で上げてアクセルを回せばタイヤが滑りながらグルリとその場でUターンする。
そのまま駐車場から道路に出てエリスは高速道路へバイクを走らせた。
周囲をのんびりと走行する車両を追い抜き、高速道路に乗ると殊更スピードを上げて風を切って路面を滑るように駆け抜ける。
やや離れた場所に位置する自宅に着いたのは本部を出てから三十分も経ってからだった。
高速道路を下りて高級マンションが建ち並ぶ一等地へ続く道路に入り、やがて真新しい高層建ての高級マンションの地下駐車場でバイクから降りる。
きっちり鍵をかけたエリスが地下から繋がる入り口を潜って、監視カメラの付いている玄関のインターホン下の鍵穴に己の部屋の鍵を差し込む。それからサッと四桁の暗証番号を打つ。
開いた扉を開けて小さなエレベーターに乗り最上階へのボタンを押した。
気持ち長い浮遊感の後、軽い到着を告げる音と共にエレベーターが止まる。
エレベーターを降りてすぐのところにある扉は本来の扉よりも頑丈に出来ている。それだけでなく、扉の右脇の壁には何やらインターホンとは別にパネルが付いていた。
扉の前にエリスが立てばパネルが自然と点灯する。
そこへ手の平を乗せ、次に小さな窪みに右手の中指を乗せた。
少しすると扉からガチャリと鍵の開く音が響く。
扉を開けて漸く自宅に帰り着いたエリスは上着を脱ぎ、靴を脱ぎ捨てるとベッドへ倒れるように寝転んだ。
少しベタつく髪にシャワーを浴びなければと思いつつ重たい体を起き上がらせた。
必要最低限の物だけが揃えられたシンプル過ぎる――悪く言えば殺風景――な部屋から出てバスルームに向かう。
脱いだ服を洗濯機に突っ込み、熱めのシャワーを頭から浴びてエリスは溜め息を吐く代わりに瞳を閉じた。
「――……慣れない事はするものじゃないな。」Prev Novel top Next