少女が食事をしている間に済ませてしまおうと、ずっと手にしていたせいでややヨレてしまった報告書を膝の上に広げる。
ある程度束になっている書類は下に何も敷かなくとも問題なく書けそうだ。
サラサラとペンを滑らせている内に、ふと視線を感じて顔を上げてみれば案の定少女が此方を見ている。バッチリ合った視線に何故か向こうがあたふたと慌て始める。
それがほんの少し可笑しくて思わず笑みが零れ落ちた。
「どうかしたか?」
助け舟を出してやると「あ、えっと、何をしているんですか?」そう問いかけてくる。
予想通りの問いかけに仕事の報告書だと告げれば不思議そうな顔をした。
それから、警察の人は事件がある度に報告書を書くんですかと興味津々な様子で聞いてきた。
基本そうだと答え、興味があるのか聞いてみれば何度も小さな頭を頷かせる。
安静にしていろと言ったものの何もない病室にずっといるのはつまらないだろう。話し相手がいる方が少女も勝手に外へ行くこともなさそうだ。
「…話はそれを食べ終えてからにしよう。」
「! はいっ。」
キラキラと目を輝かせていた少女にそう告げると、嬉しそうに、期待に満ちた表情で返事をして食事に向き直る。
それからゆっくりと食事を再開したのを見てからエリスも書類に視線を落とす。
元々ほとんどは待合室で書いていたので幾つか見直しをした後に、己のサインをして書類を少女から見えない位置に置いた。
部下や同僚ならばともかく、一般人の少女が読むには任務の内容は少々過激過ぎる。
報告書を出しに行きたいが少女から目を離すのも少々心配だ。
イヤホンに触れて適当に声をかける。
すると普段は忙しいはずの部下の一人が珍しく返事を返してきた。
報告書の提出を頼みたいと言えば取りに行きます、とだけ言って通信が切られ、チラリと視線を動かせば少女は食事に集中していて此方の様子には気付いていないようだった。
もぐもぐとよく噛んで食べている姿はやはりどことなく子どもっぽい。
視線を感じたらしい少女が振り向き、フォークを少し銜えたまま小首を傾げた。
そういう仕草が余計に子どもっぽく見せるのだが本人は気付いていないらしい。
最後の一口をしっかり飲み込んでから少女は「ご馳走様でした。」と両手の平を合わせてぺこりと頭を下げる。
食器をテーブルの端に寄せて此方に向き直る少女。
その体にきちんと毛布をかけてやれば照れたように礼を述べられ、律儀なものだと思いつつ、さて何を話そうかと一度逡巡する。考えてみれば余り自分はお喋りが得意ではなかった事に遅まきながらも気付いた。
が、タイミング良く少女の方から話が振られる。
「リーヴィスさんはどのようなお仕事をしているんですか?」
「そうだな…色々な事をしているが、要人警護や人質救出も仕事の一つだ。」
「…SWATとは違うみたいですね…?」
「あぁ、細かく言えば確かに違う。だが大雑把に分けるなら同種ではあるな。」
少女は至極真面目に聞いているけれど、二十歳の女性にとってこんな話のどこが面白いのか理解に苦しむ。
しかし本人が興味を示している以上は何かが面白いのだろう。
話しても問題なさそうな、それでいて余り刺激の少なそうな事件や任務を大まかに話してやれば、まるで教師の話を聞く生徒のように真剣に、固唾を呑んで話に聞き入っていた。
コン、と一度だけ扉がノックされて少女がハッと我に返る。
扉と此方の顔を交互に見る少女に「部下が来たようだ。…入れても問題ないか?」と聞けば「はい、大丈夫です。」と少し照れた様子で言う。
我を忘れて話しに食いついていた事が恥かしかったようだ。
そんな少女を横目に入室を促せばすぐに部下が部屋の扉を開ける。
無口なその部下は少女と目が合うと、軽く目礼し、それから此方へと視線を滑らせた。
エリスが渡した報告書に一度視線を落とす。
「すまない。」
「…………別に。」
ぽつりと一言呟いて部下は踵を返して足早に病室を出て行った。
少女はポカンとした表情で部下が消えた扉を眺めている。
「申し訳ない。今のは部下なんだが、どうにも人と接するのが苦手らしくてな。」
傍からすればやや失礼にも当たる態度で出て行った部下だが、根は真面目で気の良い男だ。
思わず庇うような言葉が口から漏れ出れば、少女は少し開きっ放しだった口を閉じ、数度瞬きを繰り返した後にエリスを見やる。
「いえ、気にしていません。――部下ということは、リーヴィスさんは今の方よりも立場は上なんですよね?」
「上という程でもない。部下数人の纏め役なだけだ。」
「それでも、私は凄いと思います。」
一言一言区切って、やや強調するように言い切った少女を見れば真っ直ぐな黒い瞳が此方を見つめていた。
仕事上様々な人間に会っていたが、それらの欲や悪意に濁った目とは違う、どこまでも透き通った綺麗な瞳に一瞬だけエリスは瞠目する。
そこにあるのは純粋な称賛と、尊敬とも憧憬ともつかない感情だ。
「――…ありがとう。」
少女はキョトンとした表情をしてから「お礼を言われるようなことなんて、言っていませんよ。」と少し照れた様子で柔らかく微笑を浮べた。Prev Novel top Next