自己紹介の後に横にならせると、少女はすぐに規則正しい寝息を立てて眠りに落ちた。
アレルギー反応を起した体は予想よりもずっと疲労を感じているのか、随分ぐっすり眠っているように見える。
毛布を細い肩まで引き上げてかけてやっていれば病室の扉が控えめにノックされた。
パイプ椅子から立ち上がって音をさせないように扉をスライドさせると、そこには部下がいて、手にはやや艶のある淡いピンク色の可愛らしいバッグを持っている。
「あの子の荷物っス。」
頷いて室内に入れ、エリスはまたパイプ椅子に腰を下ろした。
部下は傍のチェストの上にそれを載せてから少女の顔を覗き見る。
眠っている女性の顔を注視するのは少々失礼だ。…己の先ほどの行為は棚に上げて、エリスはそんな事を思った。
しかし部下は眠っている少女の顔を見て、ぽつりと呟く。
「ちっちゃいっスねぇ〜。二十歳とは思えませんっス。」
「……待て。二十歳…?」
うっかり聞き逃してしまいそうになりながら、部下に問い返す。
言っていませんでしたっけ?と首を傾げた彼にエリスは聞いてない、と僅かに眉を顰めた。
年齢的には十九から二十三、四とは思っていたが実のところ十九だと思い込んでいた。
顔立ちも幼いし、体格などを見ても二十歳というには少々若い風だった。
…まさか二十歳だったとは。
どこか愕然とした雰囲気を滲ませたエリスに部下が小さく笑う。
アジア系の人々は童顔であるとは聞いたことがあったが、少女の故郷の国はもっと幼く見えるらしい。目にしてみると成る程納得してしまった。
これでは実年齢よりも若く見られても仕方がない。
寝顔は起きている時よりも更に幼く見えるのだから、聞かなければ絶対に年齢は分からないだろう。
何時までも少女の寝顔を眺める部下を嗜めつつエリスは病室から追い出した。
「何時までも見ていないで戻れ。」
「うぃーっス。狼になっちゃダメっスよ隊長。」
「お前じゃないのだからそんな心配は無用だ。」
くだらない冗談を残して出て行く部下の背を見送り、小さく溜め息を吐く。
特殊な部隊にいるせいか何かと部下達は異性との関係を疑ったり、楽しんだりする節がある。
この少女だって偶然巻き込んでしまっただけだと言うのに部下は酷く楽しげだ。
変な勘繰りはエリスだけでなく、少女にも失礼に当たるのだから少しは控えてもらいたいものだ。
守るべき市民を暇潰しの娯楽代わりにするのは止めてもらいたい。
静けさの戻った病室内に響く少女の寝息を暫し聞いた後に、エリスも部屋を出る。
先ほどの意識の無い状態とは違い、女性が横になって休んでいる部屋に何時までも居られる程エリスは無神経な男ではなかった。
少女の眠る病室を後にしたエリスは病棟の待合室で、今回の任務と大学の立てこもり事件の報告書を書いていた。
待合室、とは言葉ばかりで人影は無い。
ふと扉の向こうから聞こえて来たカートを押す音に紙面から顔を上げてみれば、看護士が数人、忙しそうに食事の載せられた配膳台を押して通り過ぎるところだった。
腕時計で確認すると病室を出てから三時間程が経過していた。
もう少女も起きているだろうと検討を付け、書きかけの報告書を纏めて片手に持つと待合室から出る。
目的の病室に着いたエリスは驚かせない程度の強さで扉をノックした。
しかし返答はない。不思議に思って一言声をかけてから扉をスライドさせたものの、ベッドの上はもぬけの空である。
シーツに触れてみたが少々冷たくなっていた。
安静にしているようにと言ったのに、一体どこへ言ったのだろうか?
室内を見回してから、チェストの上にある空になったペットボトルと口の開いたままになったバッグに視線が留まる。
――…もしかして、?
頭を過ぎった考えにエリスは従うように病室から出た。
そうして看護士が忙しそうに動き回る廊下を足早に通り抜けると、一階へ続く階段を駆け下りる。
階段を下りてすぐのロビーを見回してみれば案の定他よりも小柄で、けれど目立つ黒髪の少女が向こう側にある自販機の前に立っているのが見えた。
歩み寄ってみても少女がエリスに気付いた様子はない。
少女には少々大きめな自販機の前に突っ立ったまま。だがよく見てみれば細い肩が微かに震えていた。Prev Novel top Next