心行くまで志貴の頭を撫でたり、抱き締めてみたりしてから泰河は腕の中にいた体をそっとソファーに横たえた。
そろそろ銀二とあのちまい気弱過ぎる少女を迎えに行く頃だった。
やや名残惜しい節はあるものの銀二を不機嫌にさせて、面倒を起こさせるよりはマシである。
学校へ戻ったものの、店に残した志貴が気がかりで結局二人を残して先に戻って来た。
店先で、ポケットから煙草を取り出し、ライターの火で軽く燻らせる。
嗅ぎ慣れたほんのり甘い香りの紫煙を肺一杯に吸い込んで吐き出す。
それを何度か繰り返していると漸く少女を乗せた銀二が店の前に着いた。
ずいぶんタラタラしてると思ったら法定速度で走って来たらしい。
泰河を見た銀二の少しだけ不満げな視線が煙草を持つ手に注がれる。
…分かってるっての。
まだ半分近く残っていたが仕方なく壁に擦り付けて火を消し、扉の傍にいた部下に捨てさせた。
「遅ぇぞ。」
「しょーがないでしょー?泰河と違ってオレってばイイ子だから、法定速度ゲンシュだしぃ。」
「嘘吐け。」
普段は法定速度の倍以上で暴走気味にバイクを転がしているクセに。
そんな言葉を煙草の残り香と共に飲み込みつつ、店内へ戻る。
後ろで何やらやっている気配がしたけれど泰河は振り返る気も起きなかった。
VIPルームに行く途中でチラリと志貴の眠るソファーへ視線を向け、小さな体が毛布に包まって眠っている姿を確認する。
通りかかった幹部の一人に志貴を起こさぬよう声をかけてVIPルームへ入った。
「ちづちゃん、ヘーキだよぉ?みんな顔はちょーっと怖いケドぉ、仲良しだからぁ殴ったりしないよー。」
後ろから聞こえた銀二の言葉に、泰河だけではなく室内にいた数人の幹部たちの口元が微かに引きつる。
一番危険かつ恐ろしいのはお前だろう。
流石の泰河もやや呆れた視線を銀二へ送ってしまった。
それらを消し去るように軽く頭を振ってVIPルームの隅の方にある鏡の前へ椅子を持っていく。
横にある棚から必要な梳きバサミやら櫛やらを取り出し、ドライヤーやアイロンをセットする。
「おい、コッチ来い。」
銀二の横にいる少女に声をかければビクリと体が震えた。
…別に取って食ったりしねぇよ。
むしろ銀二の傍が一番その可能性があって危険だろ、とニンマリ笑みを浮べている銀二を視界の端から外す。
銀二に背を押されてやっと椅子に座った少女に泰河は手早くタオルと髪避けのビニールをかけた。
大きめのヘアピンで前髪を留めれば、かなり可愛らしい顔が現れる。
「髪型とか何か希望は?」
「え、あ…えっと、ない…かな。」
「じゃ俺のテキトーにするわ。」
シャキシャキと頭の中で浮かんだ髪形にするべく梳きバサミを通していく。
切れた髪が落ちるたびに、少女の顔にかかった髪を甲斐甲斐しく払っている銀二が邪魔で思わず泰河の眉間に皺が寄った。
だかと言って止めろと声をかけても無意味である事を理解しているので、完全に無視して櫛をかけていく。
長くてうざったい前髪は眉くらいにして、パッツン気味になり過ぎないよう梳いて軽くする。
元々長さがそれなりにあるのでシャギーを入れて毛先が内側へ向くようにし、可愛らしい顔に合うふんわりとした仕上がりを目指す。
ドライヤーやアイロンでストレートの髪に艶を出させた。
煩いから美容室に行くのが嫌でやりだしたはずだったのに、何時の間にか妙に上手くなってしまった自分の腕に内心溜め息を零しつつビニールを取り外して払う。
タオルで軽く顔を拭いてやれば出来上がりだった。Prev Novel top Next