大通りを法定速度の倍以上で駆け抜けて向かう先は隣り地区にあるクラブ。
そこが今回手を出してきた不良グループの溜まり場である。
あまり距離が離れていないらしく数十分で着いた店は派手なネオンを輝かせる、いかにもな店だった。
バイクから降りた志貴は店を見上げて黒い瞳に蛍光色の光りを映していたがポツリと「眩しい。」そう呟いた。
確かにと頭の端で同意しながら泰河も同様に店のネオンを見上げる。
店の外にいた不良たちが泰河たちを見て慌てた様子で店内に駆け込んでいく。
「それじゃあいっちょー、派手にヤっちゃおっかぁ!」
「お礼は三倍返しと言いますからね。」
どうします?と返事を聞く愁に泰河は青い目を細めて笑った。
煙草の箱を取り出し、少し潰れたそれから一本取り出すと口に銜えて火を点ける。
美味そうに吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出しながら、店の中から出てくる不良たちを見た。
「せっかくの礼参りだ。店ごと潰しちまえ。」
その言葉が言い終わらないうちに銀二は駆け出し、それに続いて泰河のチームの不良たちも我先にと駆け出す。
数がいつもより多いのは恐らくアワリティアも合流しているからだろう。
楽しげに相手を殴り、蹴り、屈服させていく自分の部下とも言える不良たちを眺めながら泰河は煙草を穏やかに吹かす。
隣りでは志貴がジッと‘パーティー’を眺めている。
小さな頭を軽く撫でて、吸い口ギリギリまで火の灯った煙草を地面に落とし、足で踏み消すと泰河は乱闘と化した店の入り口へと足を踏み出しだ。
後ろをついて来る志貴の足音を聞きながら、まずは傍にいた不良の左頬へ右ストレートを一発見舞う。
それだけで脳震盪を起したのか膝から崩れ落ちる不良の後ろから、別の不良が突進してきた。
しかしそれは横から蹴りを繰り出した銀二の足によって瞬時に泰河の視線から消え失せる。
が、すぐに横から飛び出して来た不良を今度は泰河が蹴り倒す。
腹部を押さえたその不良の頭を両手で掴み、今度は顔面を膝で蹴った。
手を離せばあっさり不良は顔を押さえて蹲ったまま小さく呻くだけで、反撃する様子はない。
歩き出せば後ろから軽い足音が付かず離れずついて来る。
前にいた不良の足を払い、転んだところで右腕を掴んだ。
痛みに呻くのを無視して腕ごと後ろへ思い切り引いてやればゴキリと鈍い音がして、不良が悲鳴を上げる。
振り向きざまに泰河は志貴に掴みかかろうとしていた不良の背へ一撃を加え、傍にいた愁が気付いて志貴を引き寄せた。
代わりに志貴のいた場所に蹴りを食らった不良が背を押さえながら転がり倒れる。
「無事か?」
一連の動作を休むことなく繰り広げた泰河は欠片も息を乱さぬまま志貴に問う。
問われた志貴はコクリと頷いて、愁に「ありがと。」と言って泰河の傍に戻る。
離れるな、という言葉を忠実に守っているようだった。
後ろから鈍い音が聞こえて泰河が振り返ると、銀二が丁度泰河の後ろにいた不良を殴り付けたところで、不良は声も出さずに倒れる。
「泰河、後ろガラ空きだしぃ〜。」
「お前がいるから問題ないだろ。」
「マジでぇ?オレってばチョー信頼されちゃってる系ー?」
「あぁ、だからもっと暴れて来い。」
「イエッサー!」
突入するぞ〜、と服の袖を巻くってやる気満々に言う銀二に周囲のチームの不良たちが呼応するように鉄パイプでガンガンと威勢よく音を奏でる。
それから店の扉を文字通り破壊して突入する銀二達を愁が苦笑しながら追いかけて行った。
志貴はそれを見送り、周囲に倒れ伏して動かない不良たちを見回して「1、2、3、4…」と何やら数を数え始める。
「何してんだ。」
「ん、救急車、足りる?」
「呼ぶな馬鹿。サツまで来るだろーが。」
軽く小さな頭を小突けば、そのまま小首を傾げた。
「いいの?」
「あぁ、ほっとけ。」
「ん。」
出しかけていた携帯を仕舞った志貴を見てから、泰河も店の入り口へ行く。
壊れかけの扉を開ければ中は先ほどの外よりも酷い惨状となっていた。
先に入って五分と経っていないはずなのに床には酒瓶が落ち、洒落た丸テーブルは倒れ、脚を折られた椅子が無惨に転がっている。
ちなみに折れた椅子の脚を遠慮なく不良の頭へ振りかぶっている自分のチームの一員が視界の端に映る。
銀二は傍にいた不良の頭で酒瓶を叩き割っていた。
これは自分が出る幕はなさそうだとポケットの煙草へ泰河が手を伸ばしかけ、向かってきた不良に気付き、眉を顰めた。
殴るのも面倒だと傍にあった壊れかけの椅子を足で引っ掛けて不良へ蹴り飛ばす。
足に当たった不良は無様に転び、倒れたその側頭部を蹴り上げる。
あっという間に店内は外と変わらない死屍累々と化し、所々から微かに意識のある者の呻き声だけが聞こえて来る。
一仕事終えた銀二は棚にあった酒の瓶を掴んで勝手に開けて中身を飲みだした。
「ところで、ココのボスって誰なのぉ〜?」
あまりにも今更な質問に愁が呆れ気味に言う。
「あれですよ。」
「ん〜?あれ?さっきオレが殴ったヤツじゃーん!」
「おや、そうなんですか?」
「そうそう!一発で沈んじゃったケド、あんな弱いヤツがリーダーとかマジありえなくね?もうこのチーム終わってんじゃん?」
「まぁ、私たちが現在進行形で潰していますのである意味終わりですね。」
カウンター脇で鼻から血を流して気絶している男を指差してケラケラと笑う銀二。
愁も嘲りを含んだ笑みを浮べて頷いている。
泰河が近付くと「思ったよりつまんなかったよぉ。」と銀二がぼやき、それに愁が「次の狩りは大きいと良いですね。」と珍しく賛同する。
周囲の不良も頷くので、どうやら本当に手応えのない者たちだったようだ。
カチャリと硝子の音に振り返れば志貴が足元にあった瓶を掴んでいる。
ちなみに瓶は中ほどから割れており底は無い。
「触んな、手ぇ切るぞ。」
注意されたからから一度黒い瞳で泰河を見上げ、手の中にあった瓶を落とす。
「眠い。」
言葉通り軽く目元を擦る仕草をする志貴は確かに眠たげだ。
これでバイクに乗せるのは少々怖いなと泰河が思っていれば、愁が笑って「車を手配します。」と携帯を示す。
頷き、志貴をカウンター席へ座らせた。生憎椅子はほとんど壊れてしまい、ソファーも酒や料理で汚れているか破けているという状態なので、そこしかない。
うとうととする志貴にまだ寝るなよ、と泰河が言えば何とか首が頷く。
寝てしまうのは時間の問題だろう。
ふと周囲が静かなことに顔を上げれば不良たちは志貴を見て苦笑しつつも不満はなさそうだ。
不良というものは案外嫌われ者だ。
髪の色が違う、喧嘩する、校則を守らない。
それだけで周囲から敬遠されるため一般人で好意的な者はほぼいない。
朱鷺の妹とは言え志貴は一般人だ。
普通、とは言い難いがそれでも志貴の周囲にある穏やかな空気は泰河も気に入っている。
恐らくはそれが一番の理由だろうが。チームのトップの自分が傍に置いている以上、誰も文句は言えないし、泰河も言わせないるもりだ。
愁が「車が着きましたよ。」と言う声に、既に夢の中にいる志貴を抱えて泰河は店を後にした。
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