「今週の報告を始めたいと思います。」
眼鏡を押し上げてニコリと笑う優男に志貴がこてんと首を傾げた。
その頭を泰河は撫でつつ、薄く目を細めて話を促す。
VIP専用ルームには黒塗りのテーブルと赤いビロードのソファー、それらに座った泰河と志貴、銀二、先ほど何やら宣言した優男と、ソファーの傍に佇む数人の男たち、部屋の壁際にも何人かの男女が各々好きなように立っていた。
「ついこの間の狩りはお疲れ様です。あれが抑制になったのか今のところは他の者達も随分静かで動きはありません。」
「今後は?」
「幾つかあります勢力の内三つ程が何やら人員確保に躍起になっていますので、そう遠くない内にシマ争いが始まるかと。」
「マジで〜?チョー暴れられんじゃーん!」
「俺らのシマじゃなきゃ放っとけ。」
頭上で繰り広げられる会話にキョトンと志貴が目を瞬かせる。
「シマ争い?」
「…お前は気にすんな。」
志貴に話しても理解できるか分からないし、そもそもそれに巻き込むつもりも巻き込ませるつもりもない。
適当に質問を受け流す泰河にやはり分からなかった様子で頭の上にクエスチョンマークを浮べていそうな程に首が傾いている。
そんなやり取りを見ていた優男が小さく噴出した。
「本当にハデスは朱鷺さんの妹にご執心なのですね。」
「…だれ?」
「榊愁(さかき しゅう)、貴女からいただいた名はタナトス、と。」
「タナトス。」
これはお近付きの印です。
そう言いながら愁は志貴に大きなヌイグルミを持ってきた。
どこか目が死んでいるカエルのヌイグルミで、頭に小さな冠が乗っていた。
お世辞にも可愛いとは言い難いのだが志貴は渡されたカエルのヌイグルミをジッと見つめた後に思い切り抱き締めた。
それにはケロ男・アレクサンダーと書かれたたすきが肩から袈裟懸けにかけられている。
オマケに絵本に出てきそうな王子様の格好をしていたりする。
体長は一メートル以上あるが子ども向けにしたって随分酷いキャラクターだ。
「何だコレ。」
「志貴さんがお好きだった子ども向けアニメのキャラクターですよ。あ、ちなみにケロ美もいますよ、志貴さん。」
「!」
ケロ美と言いながらまた持ってきたのはケロ男よりも少し小さめのカエルのヌイグルミ。
ドレスを纏ってはいるがやはり目は死んだ魚のようだ。
かかっているたすきにはケロ美・キャンベラと書かれている。
銀二は腹を抱えて笑い、泰河は微妙に口の端が引きつっていたが志貴は満足そうに両方を抱き締めた。
よほど好きなのか無表情の顔は心なしか輝いて見える。
だが本人がとても喜んでいるのでは水を差してはいけない気もした。
泰河は色々とツッコみたい気持ちを抑えて、志貴の頭を撫でた。
「気に入ったか?」
泰河の問いに二度、志貴の頭が縦に動く。
「良かったな。」
「うん、大切にする。ありがと。」
「いえいえ、喜んでいただけて私も嬉しいですよ。」
かくして愁は志貴の中での良い人ランキング三位に入ったのだが、それを知るのは志貴だけである。Prev Novel top Next