ピリリリリ…という無機質な音に志貴は目を覚ました。
柔らかいシーツと温かな腕に包まれて、寝起きの目を少し擦って辺りを見回す。
寝室のベッドの上で寝ていたらしく泰河の腕にがっちり腰を押さえられていた。
志貴の携帯は服と一緒に床に落ちて騒いでいる。
電話の着信を告げる音だが泰河の腕を解かないことには取りにいけない。
程好く筋肉のついた腕に手を添えて引っ張ってみるけれどビクともしない。
仕方なく何度か腕を叩いていれば、やや不機嫌そうに泰河が薄く目を開けた。
「…何だ、」
「携帯、鳴ってる。取りたい。」
「……あぁ。」
聞こえて来る音に納得したのか腕が外された。
志貴はベッドから起き上がって床で鳴っている携帯を拾い、ディスプレイを見る。
発信者は兄の朱鷺だ。通話ボタンを押す。
「志貴っ!大丈夫か?!泰河に何もされてないよなぁ?!今日は何時頃帰ってくるんだっ?俺心配で心配で…、」
といった内容の言葉がマシンガンの如く携帯のスピーカーから流れてくる。
叫んでいるのか声はベッドに寝ていた泰河にまでバッチリ届いていた。
「うるさい。起きたばっか。」
「あ、そ、そっか。ごめんよ?」
あまり抑揚のない声でザックリ切り捨てた志貴に思わず泰河は噴出してしまう。
電話越しにあわあわとした声が聞こえて朱鷺の姿が容易に想像できる。
泰河もベッドから起き上がると床に座り込んで話している志貴の脇に手を差し入れ、ベッドの上へ移動させた。
そうして携帯を取って電話を変わる。
「朝っぱらから、うるせぇよ。」
「泰河!志貴に何もしてないだろうなっ?」
「あ?ナニって何だよ?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら問い返してやれば、携帯の向こう側からゴニョゴニョとよく聞こえない呟きが漏れる。
志貴はキョトンとした顔で泰河を見上げお腹減ったと呟いた。
そういえばコイツは昨日オムライスを半分食べただけだったなと思い出して朱鷺に言う。
「とあえず俺らはメシ食うから、話しは店にしろよ。」
「え?ちょ、ま…」
ブチリと通話を切る。
すぐにかけ直してきたが面倒だったので電源を落としてから志貴へと返した。
いいの?と聞き返してくる志貴に頷けば特に気にした様子もなくベッドに備え付けの棚へ携帯を置く。
泰河が服を着始めたのを見て、志貴もゆっくりと服を着た。
それからリビングへ行きテーブルの上のデリバリー表を漁る。
「何か食いたいもんあるか?」
ジッと表を凝視する志貴に問えば細い指が中華の表を指差した。
かに餡かけチャーハン。それからとき玉子のスープ。
ちなみにチャーハンはオムライスのように玉子で包まれている。
…コイツ、玉子が好きなのか?
思わずそんなくだらない事を考えながらも泰河はそうかと頷き、傍に置いてあった電話から店に連絡する。
ワンコールで出た店員に志貴の注文と適当にラーメンを頼む。
志貴はデリバリー表を物珍しそうに手に取って眺めていた。
いくつかを何度も見ていたところを見ると他にも食べたいものでもあるのかもしれないが、どう考えても細い体に三食も四食も入るとは思えなかったのであえて口にしないでおく。
程無くしてインターホンが鳴り、下の玄関ホールを開けてやる。
すぐに扉の前まで店員が来たので扉を開けてやれば新人らしい緊張した面持ちの男がいた。
品を受け取れば男は頭を下げて足早にエレベーターへ戻って行く。
泰河の下へ来る配達員は基本的に男だ。一度女の配達員が来た時は抱いてくれとあまりに煩くて怒鳴りつけてしまったことがあり、面倒なのでそれからデリバリーには必ず男にしろと言ってあった。
ステンレスか何かの箱をリビングへ持って戻り、テーブルの上に料理を広げる。
だが志貴はジッと泰河を見るだけで手をつけない。
「食って良いぞ。」
と言えば漸くスプーンを手に取って食べ始めた。
腹が空いていたのか、昨夜オムライスを食べていた時よりも少しペースが早い。
志貴が食べ始めたのを確認してから泰河もラーメンをすする。
食事中の会話はなかったけれど嫌な沈黙ではない。
元々泰河も志貴も煩いのを好まないため穏やかな空気が流れていった。Prev Novel top Next