「――…ん、…?」
ふわりと肌を撫でて行く冷たい空気の感触に泰河は目を覚ました。
まだ朝早いのかカーテンの隙間から見える外は薄暗い。
もう一眠りしようかと腕を伸ばしたが、求めた温もりが見当たらずに仕方なく起き上がる。
隣りはもぬけの空で、触れたシーツは随分ヒンヤリと冷めていた。
こんな時間にどこに行ったんだと気怠い体で立ち上がって部屋を出る。
浴室にもいない、隣の空き部屋にもいない。
そのままリビングの扉を開ければ一層冷たい空気が流れ込んできた。
思わず剥き出しの腕を撫で、それから開け放たれたままの窓に歩み寄る。
カーテンを引いてしまえば案の定、ベランダに志貴はいた。
事後に着せたワイシャツ姿のままぼんやりと海を眺めている。
泰河が来たことには気付いていないようで、ただただ真っ直ぐに水平線の向こうの朝日を見続けていた。
一度リビングに戻ってソファーに放置されていたジャケットを拾い、窓辺に立つ。
「おい。」
やや低めの声に志貴が振り返る。
いくら日の出前とは言え辺りはそれなりに明るく、志貴の着ているシャツは少し透けていた。
最上階なので下から見られる可能性は皆無だがこんな格好でよく外に出られるなと、若干呆れた気持ちになりながらも細い肩へジャケットを羽織らせてやる。
本人は全く気にしていないのかもしれないが、ワイシャツのままでは少々目のやり場にも困る。
「日の出、待ってんのか。」
「うん。」
そういえば昨日の朝もここから志貴を見かけた。
ずっと水平線を見つめる志貴の横顔を泰河は見た。
普段からあまり表情はないけれど、今の顔は凛として歳相応のように思える。
…コッチ向けよ。
引き寄せれば不思議そうに黒い瞳が向けられたが「寒ぃ」と誤魔化してしまう。
ゆっくりと朝日が顔を出し始めれば志貴は不意に目を閉じた。
弱い朝日を全身で浴びるような姿は何故か酷く綺麗に見えた。
やがて朝日が完全に顔を出した頃、漸く志貴は目を開けて日の光りを反射させる海を眺める。
――新しい自分になれる気がする。
ふと志貴の言葉を思い出した。
だとしたら、新しくなったお前を俺が一番最初に見ることが出来たってことか?
柄にもないことを考えてしまい少し気恥ずかしくなる。
それを追い出すように息を抱き出すと、抱き締めていた志貴が擦り寄ってきた。
漸く寒さに気が付いたのか小さく「…寒い。」とぼやく。
「戻るか。」
うんと頷く志貴をリビングに引き入れて窓を閉める。
冷たい体を温めたいのか頻りに手や腕を擦り合せる姿に自然と口角が上がるのを泰河は感じた。
「寒いか?」
「ん、寒い。」
「来いよ、温めてやる。」
グイと引き寄せ、抱き上げれば拍子抜けするほど簡単にヒョイと志貴の体を持ち上げることが出来た。
冷え切ったせいか無防備に体をすり寄せて来るのだから、泰河は喉の奥で軽く笑う。
志貴はそんな泰河をキョトンとした顔で見上げたが泰河はその額に軽くキスを落として、先ほどまで寝ていた自室へと戻って行った。Prev Novel top Next