週末。なまえは学校の体育館に向かっていた。及川と約束した試合観戦のためである。果たして相手はどこの学校だったか。聞くことすら忘れていた。試合の時間を聞いてきたからきっと及川や岩泉はもう体育館にいるのだろう。
体育館に近づけば、ボールの音や様々な声が聞こえる。入るときにチラッと選手たちの様子を見る。岩泉を見つけた。そして、及川は…いない。
あれ?と思って立ち止まっていたら岩泉が私に気づいてくれて、声をかけた。
「なまえ来てくれたんだな。試合見るのは上だ」
『ああ、ありがとう。てか及川は?』
「ああアイツならケガして病院行ってから来る」
『ケガ!?大丈夫なの?』
「俺たちもまだよくわかんねえ。そんなに重いケガじゃねーと思うがな」
『…そっか』
ありがとうと言って、上に繋がる階段を上った。及川はいないのか。何だか少し物足りなさを感じた。バレー部の試合なんて見るのはじめてなのに何が物足りないんだか。相手は烏野。高校バレーに詳しくない私にはどのくらい強いのかとかも見当がつかない。
及川がいないまま試合は始まった。
なまえは何だかむしゃくしゃしていた。ケガしちゃったことくらい言ってくれたらよかったのに。そんなことを思った。誘っておいて本人がいないなんてどういうつもりよなんて思う。私がケガをしたことを聞いても私は及川に何もしてあげられない。でもそれでも言ってほしかったのだ。私だって及川のことを心配くらいはする。
試合はまだ始まったばかりだった。及川がいつ来るのかはわからない。でも早く及川に会ってこのむしゃくしゃした感情をぶつけてやりたいなんて思った。
試合は2セットが終わり、1対1。そんな時にいつもの少し憎たらしい声がした。
「アララッ1セット取られちゃったんですか!」
その声の方を向けば、案の定及川徹のお出ましだ。そして次の瞬間、及川さーん!!と爆発みたいな大きな黄色い声が体育館に響いた。割と見に来てる学生多いんだなぁなんて思っていたが、ここにいる女子のほとんどが及川を見に来ていたようだ。
及川はその女子たちを見渡した。そして、少し離れたところにいた私と目が合った。よほど私の顔が怒って見えたのだろうか。及川はごめんと口パクで私に謝ってきた。及川はそのまま女子たちに微笑み、相手のセッターに声をかけていた。
ごめん…かぁ。
私は息を吐く。何だか少し安心したようなそんな気がした。及川はアップを始めていて、そんなにケガもひどくないようだ。
この借りはちゃんと後々返してもらおうと思った。
あっという間に第3セットは進む。烏野がついにマッチポイントとなったその時。
『あ…』
思わず声が出た。及川がついに試合に出るのだ。
及川は相手を指さし、そこにサーブを打つ。周りの動揺からして、これはすごいことのようだ。サーブで及川が点を稼ぎ、23対24。あと1点で追いつく。そしてそのボールは残念なことに青葉城西のコートに落ちた。うちの負けである。でもその時の及川は、楽しそうに笑っていた。
「へぇ…!!」
試合は終わった。試合が終わり、1階に下がると及川がきた。
「なまえちゃん!来てくれたんだね!」
『見に来てって言ったの及川でしょ。ケガ大丈夫なの?』
「うん。もう大丈夫。なんか優しいね!今日のなまえちゃん!」
『そりゃあ見に来いって言った本人がいないんだし正直驚いたっていうか…』
言葉とは裏腹に及川が驚いたような顔していた。
「なまえちゃん俺のこと心配してくれたんだ」
『何言ってんのバカもう私帰ろうかな』
イラっとしているのも事実だったが、なまえの本心は今図星をつかれ、とても焦っていた。もしこれが相手が岩泉だったなら、まあねなんて流したかもしれないが、及川が相手であるっていうのがどうも気に食わない。何だか及川に負けているような弱みを握られたようなそんな気分だった。
「何だか早口だね。せっかく来てくれたんだ。お昼まだでしょ。一緒にどこか行かない?」
及川がそう言った。
『そうだね。行こうかな』
早口なのは図星だった証拠だ。それでもすぐに行くと答えられる程度には、及川と一緒にいたいなんて思っている自分がいるのもまた事実だった。
もう絶対心配したような口ぶりでは話してやらないとは思っているけどね。もう絶対言わない