春を通りすぎ、だんだん夏に近づく新緑の頃。青葉城西では校内マラソン大会が開かれる。私は運動部でないし運動神経も良くはない。だからこんな行事本当に嫌気がさしているわけだが。

「なまえちゃーん!起きてる〜?」

出来ることなら体調を崩したことに…と思っていた私に電話してきたのはいつもの男だった。

『…うるさい』

少なくとも寝起きに聞きたい声ではないと思い顔をしかめる。

「なまえちゃん絶対マラソンサボるでしょと思って電話したよ〜!及川さん優しい!」

『ありがた迷惑って言葉知ってる?』

「寝起きのときは少し声低いんだねー」

話聞く気ないでしょこいつ。

及川の声より少し遠めに岩泉の声が聞こえる。お前このあと絶対怒られるぞとか言ってるけどそこまで察してるならぜひ及川のこの行動を止めてほしかったのも事実である。

「とりあえずおいでよ!終わったら今日俺らオフだからどっか行こう!」

『元気だったらね』

「きまりー!じゃ待ってるからね」

3:45。通話時間が表示され、暗くなる画面。ベッドから起き上がり、いつもとは違ってジャージに袖を通した。



外は快晴。絶対焼ける。走るには暑すぎる。これからのことを思うとくらくらしそうな中、とぼとぼと学校に向かう。すると、前にいた人に気づかず、どんと衝突してしまった。

『あ、すいません』

「大丈夫だよ。あんたは?ってあれ?」

私がぶつかった男子は私の顔を見るなり首をかしげた。

「もしかして最近の及川のお気に入り?」

耳からイヤホンをとって尋ねられる。

『いや、知りませんけど』

よく見れば、その男子のジャージはバレー部のジャージ。名前は知らないが、見たことがある気もしなくはない。

「俺は花巻ね。なまえさんであってる?」

『ええまあ』

何で知らない人にまで私の名前がと思うがどうせ及川のせいだろう。

「一緒にいく?」

花巻のそんなお誘いから初めて話した花巻と一緒に学校に行くことになった。




「マラソン好き?」

『すごくきらい』

「うん。そんな感じする」

花巻はニヤリと笑った。

「及川のこと好きなのかと思ってたけどそういうタイプの人じゃないんだね、みょうじさん」

『どんなタイプの人?』

「きゃー!及川さーん!みたいな人ではなさそうとは思ってたけど一切媚びとか売らないタイプの人でしょ」

『まぁ必要性を感じないから』

「いいね、そういう子の方一緒にいるの楽だし」

校門が見えてくる。ああ帰りたい。

「あれ、及川じゃん」

花巻の言う通り、校門から及川が手を振って近寄ってくる。岩泉もいる。

「マッキーってばなまえちゃんと知り合いだったの!?」

「いや、さっき知り合った」

ねー?とこちらを見る花巻に頷く。

『てか寝起きに電話してこないでよ機嫌悪いし』

「だってなまえちゃん絶対サボると思ったんだもん」

「もんじゃねぇよ気持ちわりぃ!」

岩泉のチョップが及川の頭に落ちる。

『岩泉はまた今年もトップかな』

「バレー部で上位埋め尽くしてぇ」

「国見ちゃんとか絶対頑張ってくれないから無理無理」

「俺はエコなんです」

聞いたことない声。振り返ると、そこにはその国見って子がいた。

「まぁ俺が一位で決まりだな」

岩泉が言った。

『頑張ってね。私もエコに徹するから』

「若者らしくないねぇ」

花巻がニヤニヤ笑う。

「てかもう男子の出欠確認時間ギリギリですよ。皆さん行かなくていいんですか」

国見がそういうと、及川、岩泉、花巻は集合場所に歩き始めた。

「またあとでね、なまえちゃん」

『はいはい』

及川が手を振ってきたので、私もそれに返した。

「あなたがなまえさんなんですね」

『君は国見くんね。何で私の名前知ってるの?』

「最近及川さんからずいぶんその名前聞くんで覚えちゃいましたよ」

国見と少し話していたが、及川みたいに騒がしくもなく、結構自分に似たところがあって気が合いそうだと思った。

『じゃそろそろ私も時間だからまたね』

「はい。互いに頑張りましょう」

頑張る気なんてなさそうに言われた。男子はまもなくスタートだ。

グラウンドの真ん中に男子が集まっている。

ピストルの音で、男子は一斉にスタートした。やっぱり岩泉は早い。そのちょっと後ろを及川や花巻、名前は知らないがバレー部の試合で見たことある人たちも何人かいる。他にもサッカー部やバスケ部なども続く。

ああもう見てるだけでも走りたくないという気持ちが増す。

大きくため息をついた。男子は外周もあり、一度姿が見えなくなる。岩泉はどうやら外周に入ったようだ。

あっという間に岩泉はゴールテープを切った。及川もそれに続く。

『もうついたの?早いよ』

「バレー部の体力なめんな」

岩泉は嬉しそうに笑っていた。汗をかいても爽やかで、本当スポーツマンって感じがする。及川も汗をかいているのにさわやで本当キラキラしてるなと思ったらきっとそれが顔に出ていたのだろう。

「なまえちゃんちょっとそんな怖い顔しないで!」

「相当走りたくねーんだなぁ」

それもそうだけど自分の思っていたことを二人に言う気は毛頭なかったので私は黙り込んでいた。

すぐに花巻や他の男子も入ってくる。もう女子のスタートもすぐだろう。



明後日の方向を見てもゴールは見えない。女子のマラソンも続いてスタートした。つらい。あつい。死にそう。そんなことを思いながら走る。そして、ゴールまであと少し…!

そんなところで私は転んだ。

いった…と思いつつもゴールまでとりあえず走る。ゴールしてからすぐに誰かが私の腕を掴んだ。

「なまえちゃん足!!ケガしてるじゃん!」

及川だった。保健室にいかなきゃといっているが、私はそれどころでない。もう走りきって足は棒のようである。その旨を伝えると。

「でも跡残っちゃうよ?女の子だしさ。…仕方ないな〜」

何がとは聞こうとしたがそれを言う前に何がだかわかってしまったのだ。私の足は今地面についていない。所謂お姫様抱っこというやつである。

『ちょっと及川!?』

「疲れてて歩ける状態じゃないんでしょ?なら俺がお前を連れてくしかないでしょ」

及川はまっすぐと前を向きながら言った。そんなに必死にならなくてもいいのに。女子のマラソン中だったからかあまり人にもこの光景を見られていないようだった。見られていたらきっとざわついていただろうから。

それよりも及川とこんなに密着してしまっていることの方が私にとっては問題だった。あたたかくて、なんだかすごく緊張してしまって。胸が痛い。心臓もうるさい。このうるさい心臓の音がどうか及川には聞こえていませんようにと願うばかりだった。


保健室につけば、先生はいなかった。恐らくマラソン大会に見入ってしまってるのだろう。

『ありがとう及川』

「いいんだよ。それより早く手当てしちゃおう」

及川がガーゼや消毒液を持ってきてくれる。そして手当てしようとする。

『自分でできるよ』

「疲れてるんでしょ?いいからおとなしく甘えてなよ」

私はお言葉に甘えることにした。でも膝の痛みより及川が私の足に触れるたびに感じる胸の痛みの方がずっといたかった。

「はい、おわり」

及川が微笑んでいる。

『ありがとう』

「しかしあんなゴール前にして転ぶ?」

及川はくすくすと笑っている。

『うるさいな!私だって転びたくなかったの!』

「全く心配かけさせないでよね」

及川はばかと言いながら私の頭を撫でた。

どうしてだろう。やっぱり胸が痛い。


二人はグラウンドに戻った。表彰式があったからだ。岩泉はチャンピョンのたすきを肩にかけて嬉しそうに笑ってガッツポーズしていた。表彰式がおわり、解散となれば、なまえは及川と岩泉と合流して、アイスを食べに向かった。こうして憂鬱だったはずのマラソン大会は終わりを告げたのだった。


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