「全員今配った紙を見ろー」

担任の言葉に従い、紙を見る。そこには見やすい大きな字で、進路希望表と書かれていた。

「就職か進学かまずは丸つけて、希望の進路先を下に記入して提出だぞー。第三希望まで書けるなら書くこと」

高校三年の春。こういうものがあるだろうとは思ってた。私はあまりこういう話が好きじゃない。

担任の説明が終われば、みんな周りの人間や仲のいい人たちとその話で持ちきりになる。

どっち?どこいくの?

デリケートな話だ。踏み込まれたくない。そう思う人だっているだろうに。踏み荒らすかのように人の将来設計をあちこちの人間が聞き込もうとする。

「なまえちゃんはどっち?」

私の隣の男もそういう人だったようだ。

『実はまだ決めてないんだ』

「ふーん」

及川は気にもしてないかのようにそう言った。

「俺はバレーやりに大学行くよ」

『バレー好きだねえ』

いいと思う。及川らしい進路だ。誰も何も言わないだろう。

「俺にはバレーしかないからね」

『たしかに』

「そこは否定しよう!!」

いつものごとく話して、そのプリントを仕舞う。期限まではまだまだある。とりあえず今はいい。


なまえには、夢がないわけではない。むしろ一つの夢を強くではないかもしれないが、いいなあと思いながらずっと生きてきた人間である。その夢が、教師である。なまえは子供が好きだった。昔から後輩の面倒見がいいと言われていたし、子供とふれあうことがとても好きだった。

でも、ある日。

「なまえって将来の夢とかあんの?」

大して仲良くもない子から聞かれた。

『教師か幼稚園の先生とかやりたいな』

そう言ったら、毎日ビューラーであげている睫毛をぱちくりさせてその女の子は笑った。

「まじで!?なまえが!?超意外!!結構冷めてるしそんなタイプの人だと思わなかった!」

なんかちょっと似合わなくね?その子はきっと何も考えずにそう言ったのかもしれない。でも、なまえはその言葉に実はなかなか傷ついてしまったのである。

あまり自分の夢のこと、言いたくない。

そう思うようになった。

本当は進路ももう考えている。県内の教育大学に進みたいと思っていたのだ。ずっと前から。でも、それを及川に言う勇気はなかった。以前は、仲良くはない女子から言われた言葉だったが、もし及川に言われたら立ち直る自信なんてなかったからだ。




いつもと変わらず、いつも通りの放課後を向かえる。帰りの挨拶が終われば、みんなが部活、ショッピングなどにむけて動き出す時間。

『じゃあね。今日も部活頑張って』

いつも通り及川に手を降ろうとしたら、パシッとその手を掴まれた。

「なまえちゃん、ちょっとこっち来て」

『は?』

その手を引くことは許されなかった。私の歩幅を考えて歩いてくれている及川の後ろをついて歩く。そして連れてこられたのは、裏庭。

「今日なまえちゃん、元気ないでしょ」

及川が誰もいない場所でそう告げた。

そして何でわかるんだと思わず顔をしかめた。

「うわ!何か怖い顔!機嫌悪!!!」

『あんたのせいでしょ』

「え!俺のせい!?」

及川は目の前でわたわたと慌て始める。

「え!?俺何した!?俺の何が元気なくしたの!?」

『うるさいよ、ばか』

及川は黙った。そしてその目は優しく細くなる。

「何したのか、俺に教えてくれる?」

その目は私に拒否をさせない目だった。なまえは掴まれた手を見る。

『私進路の話嫌いなの』

「うん」

『昔人に私の夢が私に似合わないって言われたことがあってね。気にしなきゃいいだけなんだけどさ』

本当にそう。私が気にしなければいいだけなのに。

「…そっか」

及川は目を伏せた。そして私を再び見る。すると、頭にぽんとあたたかい何かがのった。それが及川の手であることにきづくまではそう長くはかからなかった。

「ねぇ、俺に教えて。なまえの夢」

『…え?』

「教えて。誰にも言わないからさ。俺のこと信じて」

及川の手が私の頭をずっとぽんぽんと撫でてくれている。そのあたたかさもリズムも私を安心させてくれる。及川のことを信じてみたいと思わせる。

『…先生になりたいんだ』

及川の目を見て言うことは出来なかった。及川の反応を直接すぐに見ることから逃げたのだ。

「へぇ!いいじゃん!」

及川はそう言った。

『本気で言ってんの?同情で言われても嬉しくないんだけど』

まだ及川の目を見れない。嘘だと見抜いてしまったら怖いからだ。

「なまえちゃん、こっち見て」

及川の頭を撫でる手が私の頬を滑り、私の顔を及川の方へ向ける。

「大丈夫だよ。もし誰かがまた同じようなことを言ったら俺が勇気づけてあげる」


及川は、再びよしよしと頭を撫でる。

『気にしなきゃいいだけなんだけどさ』

なまえのそのときの悲しそうな笑顔を見たら、放っておけるわけがなかった。

そんなことなまえちゃんは全然思ってないでしょ。私が気にしなきゃいいだけなんてさ。そんなこと言いながら君はその言葉にどれだけ傷ついたんだい?

前から何となく気づいてはいたけどなまえちゃんはなかなかの意地っ張りだ。素直じゃないんだから。なんて俺が今まで何回思ったと思ってるの?


『…及川のくせに生意気なこと言わないでよね』

なまえちゃんの顔は、少し照れ臭そうだった。でも、今日やっと笑ってる。

思わずそれを見て笑顔になる。

「そんなこと言ってきたそいつはなまえちゃんのことちゃんと見てなかったんだよ。俺はなまえちゃんが先生になるのいいと思うくらいにはちゃんと見てるもん」

『生意気言わないでってば』

及川の手が頭を離れる。

「元気出たならよかったよ。それじゃ、俺部活だから行くね」

また明日。

及川の声が別れを切り出す。

『…うん。ちょっとだけ、ありがとう』

最後の言葉だけ小さく消え入るようだった。でもちゃんと俺の耳には届いてるよ。

思わず口角が上がる。

二人は一直線上を逆方向に歩き出したのだった。



ちょっとだけ、ありがとう




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -