青葉城西高校の周りには特に何かあるわけじゃない。なまえと及川が向かったのは、よく学校の人間なら利用する特に美味しいって訳でも不味いって訳でもない至って普通のラーメン屋に入った。
注文をしたあと、テーブル席の二人はいつものように会話を始める。
『ところで岩泉とか誘わなかったの?』
「うん。なんとなくね。でもなまえちゃんと二人でどこかに行くのはじめてじゃない?」
『どこか行くって帰り道にラーメン食べてるだけでしょ?』
つれない返事ばかりだが及川は話しかける。
「とりあえず今日は来てくれてありがとう」
及川は満足そうに笑った。
『観客なんて死ぬほどいたじゃん。よく私のこと見つけられたね』
「わかるよ」
及川はなまえの顔を指差した。
「他の女の子と顔つき違うんだもん。もっと俺見て表情豊かな女の子ばっかりだし。なまえちゃんくらいだよ?俺見ても岩ちゃん見ても表情変わんないの!」
『変える必要性を感じないね』
そこで頼んだラーメンが運ばれてくる。
「で、どう?バレーやってる及川さんかっこいいでしょ?」
『かっこいいも何もサーブしか見てないのに何を言えと?』
「本当になまえちゃんってばつれないな〜」
ラーメンが食べ終わってしまえば、店を出なければならない。何だかちょっとでも長くいたくて食べるのを遅らせた。
「ま、今回はさ全然出れなかったけど今度は公式戦見に来てよ。その時にはたくさんでるからさ」
及川はそう言った。
『…そうだね』
次もあるのか。それが嫌だとは感じなかった。
支払いは何と及川がおごってくれた。
『え?何で払ってんの?私いくら?』
「いいよ、なまえちゃんは。今日見に来てくれたし。それに心配かけちゃったみたいだしね」
思い出して悔しくなって、ウインクしてくる及川の腕を殴った。
「痛い!痛いよ!」
『足にしなかったことをむしろ感謝してもらいたいね』
本当にムカつく。でも。
『ありがと。ごちそうさま』
「はいはい」
突然、及川が私の手を引いた。
『え、何?』
「足が早くよくなるおまじない〜。なまえちゃんと手を繋いでね」
及川の大きな手が私の手を簡単に包んでしまう。そして、あまりに急なことで何も言えなかった。別に嫌じゃないのだけれど、如何せん恥ずかしい。
『及川離して』
「やーだ」
『ふざけんなばか』
「なまえちゃんお口が悪い!」
『何なの?本当ムカつくんだけど』
「ひどい!…って、え…??」
及川徹はなまえを見て固まった。なまえが顔を赤らめている。いつも俺の扱いが岩ちゃんに負けず劣らずひどいなまえちゃんが、俺と手を繋いで赤面している。こんななまえを及川は見たことがなかった。…可愛い。
及川は、ふふ、と気をよくした。なまえちゃんてばそんなとこもあるんだ。意外と乙女なとこあるじゃん。
及川自身何で手を繋いだのか、何となくわかっていた。でも、このなまえを見て確信した。
どうやら、俺はなまえちゃんのことが好きらしい。
『いつまで繋いでるのさ』
「いつまでもだよ」
『本当に気持ち悪い』
「よくそんな顔赤らめて言うね〜」
なまえは自分の顔に手を当てる。確かに熱い。顔が赤いのはどうやら確かなようだ。
だって指は細いのにごつごつした感じとか圧倒的な大きさとかあたたかい体温とか全てが恥ずかしいと感じていることに及川は気づいているだろうか。
「ねぇねぇ甘いもの食べたくなーい?」
『何でもいいけど』
「ファミレスハシゴしよ」
及川が手を引く方に歩く。及川と過ごす初めての休日は、まだまだ終わらなさそうであった。そういえばはじめてだね