頼むから
その頃、スクアーロは。ボスのおかげで聞きなれている通信機が壊れる音。まさか、ボスじゃあるまいしなまえが通信機を壊すとは考えられないし、通信機を落とすこともないと思う。もしかして。そう思ったら、なんだかいてもたってもいられなくなった。
「う゛お゛ぉぉぉぉい!!!なまえ聞こえるかぁ!?」
ダメもとで通信機の向こう側に問いかけるが、返事はなかった。舌打ちをして、匣兵器に炎をいれアーロを出す。立ち止まっている暇はない。なまえの身に何かあったのなら、それは上司の俺の責任だ。向かってくる相手を叩き斬って、走る足を早めた。
しばらく走れば、なまえはまた敵に追い付かれていた。
「下手に走れば怪我が悪化するぞ」
実際肋骨の痛みはどんどん大きくなってきた。でもスクアーロ隊長のもとへいかなければと思う気持ちは私の足を動かす。もっと先へと動かすのだ。
近くに来ているのなら、きっと隊長の声がするはずだ。
隊長、隊長。ただ一人を思い出して、ただ一人を追って走った。
「う゛お゛ぉぉぉぉい!!!なまえどこだぁ!!!」
どこからか、隊長の声がした。
『隊長!』
自分では大声を出したつもりが、思ったよりずっと小さな声だった。
もう一度、大きく息を吸う。
『隊長!!!』
その時見えた。返り血で赤く染まった長い銀髪。ああ、助かった。暗殺者らしからぬそんなことを思った。しかし、自分の首に腕が回った。
「スペルビ・スクアーロ。貴様らの仲間の命を救いたければ、止まれ」
私のこめかみには銃口。隊長の回りには相手の部下が数名。隊長は止まってしまった。
「最強と謳われるヴァリアーの作戦隊長でも味方の命と任務遂行では味方の命をとるのか」
嘲笑うかのような声が自分の背後から聞こえた。隊長は眉をひそめて舌打ちをした。
「動けばこの女の命はないぞ」
悔しくて仕方なかった。私が、隊長のヴァリアーの足を引っ張っていることが。許せなかった。
『隊長』
私が口を開くと、隊長も後の男も驚いたようだ。
『私と一緒にこの男を斬ってください』
「何をバカな」
すぐにそういったのは、後にいる男だった。
『隊長やヴァリアーの迷惑になるくらいなら死んだ方がマシです』
前にいる隊長の表情は見えなかった。うつむいていて、その長い髪で顔が見えなくなっていた。真っ暗な敵アジトの窓から月明かりが射し込み、それが隊長に当たっていた。月明かりが当たるその銀が美しいだなんて、死ぬ前にくらい思っても罰なんか当たらないと思う。
「じゃあ死ぬか」
自分の顔の横の銃からカチッと音がした。静かに目を閉じた。ああ、隊長の下で最後には働けてよかった。そんなことを思ったときだった。突然の衝撃。身体がふわりと浮いたような気がして、目を開けたら目の前には先ほど美しいと思った銀が。
「う゛ぉい、大丈夫かぁ?」
私は隊長の腕の中にいた。そしてぐあああああと後から悲鳴。慌てて振り向けば、先ほどまで私の命を握っていた男が隊長の匣兵器に攻撃されている。隊長の剣が私の手錠を壊す。
「ケガはねぇのかぁ?」
『すみません。多分肋骨がいってます』
「…テメェは俺の後をついてこい」
『しかし、それでは邪魔になります。私も銃くらいならまだ「いいから来い!」
隊長に腕を引かれた。アーロといつも隊長が呼んでいる匣兵器によってさっきの男は事切れたようだった。
「まだ任務は終わってねぇからなぁ。最後まで幹部補佐しろよぉ」
隊長が言った。そしてその時思い出した自分から発した一言。
『補佐できないじゃないですか!一緒にいないと!』
隊長の手が腕から離れて、頭を撫でる。ああ、私はこの手のためならば怪我なんてどうってことないんだと思った。
『はい!』
さすがに何もしないことはないだろうから、小型爆弾やナイフはすぐ出せるところにしまい直す。
「とばすぜぇ!!!」
そう言う隊長に私は大きくうなずいてその大きな背中を追った。
数十分後。無事殲滅は終了した。ボスの部屋までたどり着き、隊長の剣で相手のボスを倒したのだ。
『隊長、ありがとうございます』
「何がだぁ」
『助けてもらったことです』
「ああ。そんなことよりなぁ」
隊長の拳骨が私の頭に落ちた。すっごく痛い。肋骨が折れたときよりも涙が出そうだ。
『いった…』
「死んだ方がマシなんて二度と言うんじゃねぇぞぉ」
私は驚きで顔をあげた。
私たちのいるこの集団は暗殺部隊だ。つまり、いつ死ぬかわからないそんな集団に属している。もちろん私はここに入ると決めた日から、死ぬ覚悟というものをしていた。死んでしまうこともあり得る。そのことを理解して。だから組織のために命を投げるほどの覚悟なんてもう出来ているのだ。そんな私にこんなことを言うなんて、思ってもなかった。
「なんだその顔はぁ」
『普通組織のためなら死ねとか言いませんか?こういう社会の上司って』
「死にてぇわけじゃねぇだろう?それにやっとなまえに慣れてきたんだぁ。また幹部補佐が変わるのは面倒だろう」
『すみません』
「とりあえずだ。お前のことは俺が生きてるうちは死なせねぇ」
『え?』
なんだこの台詞は。とってもこちらの方が意識してしまう。きっと隊長は無意識なんだろうけど。
「お前ほど仕事のできる部下はいねぇし、単純にお前を死なせたくねぇ。だからお前に何かあったら必ず助けにいく」
隊長にまた腕を引かれて、隊長の胸にダイブする。聞こえる心音に安心する。例えここが今殲滅したファミリーのボスの死体の転がる部屋だとしても今の私には関係がない。それほどに隊長の腕の中にいることが幸せだった。ああ、さっき死なないでいてよかったと思った。
『ありがとうございます…隊長』
私も隊長の背に腕を回していた。無意識だった。でもそれを隊長が払うことはなかった。やっぱり私はこの人が好きだなぁなんて思って、怒られていたはずなのに、思わず笑みがこぼれたのだった。
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