愛はとろける(鴎芽)
彼は甘い。
声も言葉も仕草も全部。
大人の魅力、というものを存分に振りかざして私を子供扱いする癖に、たくさんたくさん甘やかすから。
彼の一つ一つが甘ったるくて、目眩がする。
今にも身体が溶けてしまいそうなほど。
愛はとろける
何より甘く切なく容赦なく
カーテンの隙間から僅かに差し込む朝日。それに促されるように重たい瞼を開ければ、横にあったはずの温もりはすっかり消えてなくなっていた。
もぞもぞと寝返りを打つと、彼は真剣な顔で紙に筆を走らせていた。
彼には、「おやすみ」も「おはよう」も存在しない。一体いつ寝ていつ起きるのか、という謎は恋人になってからも分からずじまいだ。
じっと彼の後ろ姿を見つめていても、彼が私の視線に気付くことはない。だから私は昨夜のお返しだ、とでも言わんばかりに彼の背中を凝視する。
そこまで大きくない背中、けれど自分よりも随分大人びた背中。決して逞しいとは言えない背中なのに、そこには何故だか優しい安心感を覚えてしまうから不思議だ。
ふいに、彼の優しい背中に爪を立ててしまったことを思い出す。痛かったかなと申し訳なく感じつつも、突如思い出されるそんな昨夜の光景がどうにも恥ずかしくて、私はバサリと思いきり布団を頭に被った。
「子リスちゃん?」
…あぁ、失敗。もう少しだけ見つめていたかったのに。
それに、彼の声を聞いたらまた全身が熱を帯びてくる。
けれどそんな私とは裏腹に、どうしたのかと心配する彼の声はどんどん近づいてくる。
だめ、来ないで、見ないで。
そんな私の心の声など彼に聞こえるわけもなく、あっさりと布団を引き剥がされる。
「芽衣…?」
一瞬本当に心配そうな顔をした鴎外さんが目に入るけれど、直ぐにそれはそれは楽しそうに口角を上げ出すものだから始末が悪い。
「顔が赤いようだが…具合でも悪いのかい?」
全部、分かっているくせに。分かっていてこんな風にからかう鴎外さんは、すごく意地悪。
「頬も、首も、肩も…赤い」
スルリと肌を滑る指。私はその刺激にたまらず身体をびくりと揺らした。
「芽衣…」
━━━噛みつかれる
そう思うのと同時に、私は思いきり彼の肩を押し出していた。
ぱちくりと瞬きを繰り返す彼。きっとここまで抵抗されることは予想外だったのだろう。
「ま、まだ朝ですよっ!」
そう必死に絞り出した声は上ずり震える。
されたくないとか、朝だからとか、そんな理由は名目上だけのもの。
本当は、ただただ恥ずかしい。
「それより、お仕事!大事なお仕事なんですよね?私のことは気にせずそのお仕事を進めてください…」
私はそう言うのが精一杯なのに、彼はそんな私を見てふっと笑う。
「おまえより大事なものなど存在しないよ」
カアッと収まりかけた熱は再発。彼の言葉はやっぱり甘い。
「…ずるい」
ぽつり呟く私の音は、甘い空気に溶けて消える。
どれだけ背伸びをしても、どれだけ大人ぶっても、彼には追いつかない。
常に私は捕食者だ。被食者になれることはないと分かっているはずなのに、どうしても追いつきたくて無謀に当たってとろけて彼の思惑通りになってしまう私はまだまだお子様。
悔しい。でも心地良いのも確かで。
彼の甘い罠に落ちるのは、怖いけれど幸せで、切ないけれど満たされる。ぐるぐると目まぐるしく回る感情の渦に、すっかり虜になってしまっている事実に苦笑いが零れる。
「悪いことを考えているだろう」
「それは鴎外さんの方でしょう」
牙を向けるのは、私を甘やかすためで、決して傷つけるためじゃない。
「おまえをからかうのは、文字を連ねるよりも難しくて面白いのだから、仕方ないだろう」
「私は鴎外さんの玩具じゃありませんよ」
わざと顔を背けて頬を膨らませれば、彼は必ず優しく頭を撫でてくれる。子供ではなく、恋人を慈しむ優しい手つきで。
「こっちを向きなさい、芽衣」
そう言われて、私が向かないはずはないと、それも彼には全てお見通しだ。
「愛しているよ」
額に、瞼に、鼻に、唇に。
ゆっくりゆっくり落ちてくる彼の体温は、何よりも甘くて。
私は今日も、彼の愛に溶けて溺れる。
とってもとっても遅くなりましたが、『さにーさいどあっぷ』ぶーちょ様へ捧ぐ、相互記念鴎芽小説でしたっ!
森邸組で書くことはあっても、鴎外さん単体の小説は初めてで…鴎外さんのイメージを壊してしまっていたらごめんなさい(>_<)!
本当に遅くなってしまいましたが、ぶーちょ様、この度は相互リンクありがとうございました!これからも『そらのうみ』をよろしくお願い致します〜!
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