10年後も100年後も(チャリ芽衣)
君はとてもとても優しい子。
お人好しで、ちょっぴり泣き虫だけど、その分よく笑う。
困っている人はほっとけなくて、自分がどんなに不利な状況でも、必死に頑張る健気な子。
君は誰かのために涙を流せる、とってもとっても優しい子。
でも。
誰よりも強くて優しい君なのに、最近は全然笑わない。
どうして?
君のその涙は、誰のための涙なの?
誰のものにもならないそんな涙なんて、僕は見たくない。
君にはずっと笑っていてほしいんだ。
泣かないで。泣かないで。
笑ってよ。
いつもみたいに明るく笑って?
なんて、もどかしい。
泣いている君に、僕はなにもできないの?
小さな背中を見下ろすかのように、部屋の窓に映った紅い月が満ちていく。
もう少し、あと少し。
泣かないで。
泣かないで、芽衣ちゃん。
━━━笑ってよ、芽衣ちゃん
「どう?少しはこの時代にも慣れてきた?」
彼女は慣れるわけないでしょ、と頬をぷくっと膨らませて僕を軽く睨む。
「早く現代に帰して!」
「まあまあ、落ち着いて」
パチン、と指を鳴らした刹那。目の前の彼女の両手には、溢れんばかりのマーガレットが咲き乱れる。
驚く彼女を横目に、僕は「プレゼント」と言っておどけてみせた。
「言われなくても、あと1ヶ月後には月が満ちる。だから、もう少しの辛抱だ。約束は守るよ」
そう言いながら、本当は約束を守る気なんて僕には欠片もなかった。
君には、幸せになってほしいから。だから僕は、約束を守らない。
絶対だよ、と念を押す彼女に大きく相づちを打ちながら、心の中ではなんて酷い奴なのだろうと、自分を嘲笑した。
彼女の後ろ姿が見えなくなるまで手を振り終えると、公園にはただ1人僕だけがぽつんと残された。
木々を揺らす風が夜の寒さを物語っていたけれど、僕にはその寒さが分からなかった。
寒くもないし、暖かくもない。
変な、体。
「君は、あったかい布団で寝て、あったかい人たちに囲まれて、あったかい温もりを感じるんだよ」
段々と朝日が昇る空に、僕はそんな言葉を濁した。
「それで?準備はできたのかな」
あれから1ヶ月が経った。
空に映るは紅の月。
準備はもう、出来ている。
それでも、目の前の大きな黒い箱を見つめる彼女の目には、しっかりとした意志があった。
1ヶ月前にはなかったもの。僕が君にあげたかったもの。
「チャーリーさん…あの、私っ…」
ぎゅうっと握る小さな手が、僅かに震える。
ゆっくりで、いい。
君の正直な気持ちを話せばいい。
僕はなるべく穏やかな声で次の言葉を促した。
「…大切な人ができたの。とっても、大事な人」
僕がうん、と頷くと、君は大きく息を吸って、僕を正面から真っ直ぐに見つめた。
「だから私、その人を置いて帰れない。帰りたくない」
そう、それでいいんだ。
僕が望んでいたのは、こういうことだから。
けれど一瞬だけ、何故か胸がチクリと痛んだ。
「なら、帰らなければいい」
帰すつもりなんてなかった。
だから、これでいいはずなのに。
さっきの小さな痛みは、徐々に僕を侵食し始める。
「ここで、大好きな人と一緒に暮らせばいい」
僕は胸の痛みを無理やり押さえつけながら、やっとのことで声を絞り出す。
「君に、最後のマジックを見せてあげる」
夜が明ける前に、君だけに捧げるよ。
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2
1
「幸せになるんだよ、芽衣ちゃん」
薄れゆく身体。薄れゆく意識の中。君の笑顔を捕らえて、僕は静かに涙を零した。
10年後も100年後も
君はずっと、笑ってて
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