なみだひとつぶ(チャリ芽衣)
いつもの日常に、何かが足りない。マンネリ化した日々に新鮮さを、というのには少し違う。
元々あったものが消えていくこの感覚の正体を、どうしても思い出せない。
夜、紅い満月、祭囃子……
そして、あの黒いものは
━━━何?
ズキンと響く頭を抱え、暗くなった帰り道に一人うずくまる。
もう少し、あともう少し。届きそうで、届かない。
灯りの届いた記憶の道のずっと奥。段々と霧がかかっていくその道は、真っ暗闇だ。目を凝らしてみても、暗闇に目が慣れることはない。
どうして…?
大切なものを忘れている。何かとてもとても、大切なものを。
「教えて…」
私はそれを思い出さなければならない。なぜだかは分からないのに、それだけははっきりと言える。
ふと空を見上げれば、紅く濁った満月がおどろおどろしく姿を現す。
私はこの紅い満月を、知っている。
僅かにスカートがふわりと宙に浮き、この季節にしては生ぬるい風が肌を撫でる。不気味なはずなのに、その風に少しの懐かしさを覚えた、その時だった。
「えっ…?」
ぐいっと左手首を誰かに引かれる感覚。
そして、頬にあたたかな感触。
姿は見えないのに、その感覚は幻なんかじゃなくて。
確かに、今…
私は誰かにキスをされた。
まだ感触の残る自分の頬に、恐る恐る手を触れる。
「濡れ…て、る」
それが涙だと気づいた時には、もう
私の記憶には灯りが灯っていた。
━━━泣かないでよ、芽衣ちゃん。
「泣いてるのは、どっち…」
━━━笑ってよ、芽衣ちゃん。
「笑えないよ…チャーリーさんがいなくちゃ…笑えるわけないじゃない!!」
勝手に私の記憶を消して、勝手にいなくなって。
私の大切な思い出を、なかったことになんてしないで。
私は確かに、そこにいた。
時空を超えて、たくさんの素敵な人達と出会った。
そして、そこで私は誰よりも大切な人を見つけた。ううん、本当は昔から大切だった。小さな頃は、私だけの大切な友達だと思っていた。
でも、今は違う。今は、もう
「好き…!大好きだよ、チャーリーさん」
例え一日の半分しか会えなくても、例え人間じゃなくても。
私には、チャーリーさんしかいないのに。
「出て来て…姿を見せてよ…っっ」
泣いていた時、そっと涙を拭ってくれたのは誰だろう。
困った顔で笑ってよ、と花を出してくれたのは誰だろう。
楽しい時に一緒に笑ってくれたのは━━━
「…芽衣ちゃん、泣かないで。笑ってよ」
チャーリーさんしかいないじゃない
「遅いっ…!」
また消えてしまわないように。
その優しいぬくもりを逃がさないように。
ぎゅうっと抱きつけば、チャーリーさんは僅かに震えたその手で私を抱き締め返してくれた。
「一度触れたらもっと触れたくなるって、そう言ったくせにね。ダメだった。僕のことを思い出そうとしてくれる芽衣ちゃんを見てたら…もう、我慢なんてできなかったよ」
それなら最初から我慢なんてしなきゃいい
そう思って、でも言えなくて。
私はその言葉を涙と一緒に飲み込んだ。
チャーリーさんが何のために私を明治に連れて行き、何のために正体をひた隠しにし、何のために私の記憶を消したのかは、全部。
全部、私のためだから。
でもねチャーリーさん。チャーリーさんは一つだけ、とても大きな間違いをしている。
「チャーリーさん、私はね。チャーリーさんがいないと、幸せにはなれないの」
━━━幸せになるんだよ、芽衣ちゃん。
記憶を失くす前。最後に聞いたチャーリーさんの言葉。
私はチャーリーさんと一緒じゃなくちゃ、幸せにはなれない。
「チャーリーさんといることが、私の幸せなの」
昔も今も、それはずっと変わらない。
私の幸せは、チャーリーさんと共にある。
「…本当に僕でいいの?」
「何度も言わせないで。今度そんなこと言ったら、踏み潰してやるんだから」
「ハハ、それはそれでいいかもしれないけど」
「…ばか、大好き」
「うん、僕も。芽衣ちゃんが大好きだよ。ずっと、ずうっと…ね」
もう、私を抱き締める強さに迷いはなかった。震えていた両手はしっかりと熱を持っていて、それが僕はここにいるのだと、私に教えてくれるようだった。
「今度はちゃんとキスして」
「…仰せのままに」
なみだひとつぶ
落ちて消えて、そこに残る笑顔はふたつ
めいこいチャリ芽企画に参加しました!
小説とイラストの併用投稿がOKだったので、文とイラストで大好きなチャリ芽をかかせていただきました。
めいこいの企画に参加するのは初めてではなかったのですが、1人1日担当!のようなものは初めてで、1ヶ月も前からドキドキバクバクと緊張してました(笑)
今回このように素敵な企画をしてくれた方々に、本当に感謝しています。これからも、素敵なチャリ芽が投稿されるのを心待ちにしています。ありがとうございました。
2014.11.18 くじら
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