月下美人

「ゆりは化粧しないの?」

 午前中はモデルの仕事だったため、今日は昼休みからの学校だ。
 私はいつものベンチに先に座っていたゆりから午前中のノートを借りて、もくもくとお弁当を食べているゆりの横顔を見つめていた。
 その時、ふと思ったのだ。
 ゆりは化粧をしていない、生まれたままの素肌。
 それに比べ私は、今日も仕事のためにファンデーションやアイメイクをばっちりしている。
 今までだって一度もゆりが化粧をしているのは見たことがなかった。

「しようと思ったことはないわ」

 私の問いにゆりは、弁当を食べる手を止め答えた。

「ええ! じゃあ何、スキンケアとかちゃんとしてるの?」

「……特に何も」

 その答えにさらに驚くと、私はゆりの顎を掴みまじまじと見つめる。
 ゆりが目を大きく開き、わずかに身じろいだけれど、それにかまわずきめの整った白い頬を凝視する。
 何もしないでこんなに綺麗な状態でいられるなんてと、軽く嫉妬を起こしそうになった。
 私は食べ物や運動にも気を配って頑張っているのに。

「も、ももか……」

 か細い声で名前を呼ばれ、視線を上に上げる。
 目が合うとゆりはうっすら頬を朱に色かせ、私から視線を反らした。
 その姿があまりにも可愛くて。
 いつもはクールビューティーのゆりが、こんな表情をしてくれるのが嬉しくて。
 私は馬鹿馬鹿しい感情を振り払い、ゆりの首に抱きついた。

「あんまりにも白くて羨ましいわ」

「……そう言われても」

 耳元でぶーたれたように呟くと、困ったように呟くゆり。
 少しだけこっちを向いたために、ゆりの髪の甘ったるくなくも優しい香りが薫る。
 高鳴り始めた鼓動を隠すように、私はさらに囁いた。

「好きよ、ゆり」

 私の鼓動がゆりにも移ればいい。
 この香りも温もりも、全て私のものにしていたい。
 私は紅葉のように綺麗な朱に染まっているゆりの頬に口づけた。
 どうかこの白く美しい花が、永遠に私のものであるようにと祈りを込めて。



作成20101021
781字


[ fin ]

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