お代はあなたで





「やあ、おはよう!今日もいい天気だねえ〜」


早足でガレーラへ向かうパウリーに追いついて笑顔を見せると、彼はこれでもかというくらいに顔を顰めてみせる。俺好みの、せっかくの整った顔が台無しだ。


「金なら、ねェぞ」
「失礼な。俺はただ朝の挨拶をしただけなのに」
「…ヤコウ、おはよう」
「おはようパウリー!お金返して」
「やっぱ借金の取立てじゃねェかよ!!!」


早く俺を撒こうと歩みを緩めないパウリーにしっかり並走しながら、スーツのポケットから督促状を取り出す。彼に書面を向けると、その金額を一瞥したパウリーの顔が面白いくらいサッと青くなるのがわかった。


「…オイ。数日前より大幅に増えてねえか?」
「先週分のお支払期限が過ぎております」
「うるせェ!大体トイチってどんな暴利なんだよ!ほとんどヤクザじゃねェか!!」
「だってほとんどヤクザだもん」
「男の癖にだもん、と言うんじゃねえ!全然かわいくねーよ」


ひどい。これでも世間では眉目秀麗で通ってるのに。俺とのやり取りにイライラが最高点に達したのだろうか、パウリーは葉巻を吸おうとジャケットをまさぐっているが見つからなかったらしく小さく舌打ちした。すかさず自分のポケットから葉巻を取り出し、有無を言わせず彼の口に銜えさせさっと火をつけた。


「ああ、悪ィな」
「一本5万ベリーです」
「有料かよ!さらりとボッてんじゃねえよ!!!」


もう最悪だ…とパウリーがこめかみを押さえて立ち止まり、唸った。そんな彼の様子にひっそりと笑って、耳元に顔を寄せ囁く。


「前みたいに払ってくれていいんだよ?…パウリーの」


体で。最後の一言をわざわざ口に出す必要はなく、俺の言わんとしていることを汲み取ったパウリーの耳が赤く染まる。それを誤魔化すようにぎっと俺を睨み付ける。


「…もう、ヤコウとは、しねえ」
「いいの?給料日までまだ十日もあるでしょ?利子分払える当てでもあるの?」
「それは…」


逃げ出すことも叶わず、しばらく地面を睨み付けていたパウリーはやがて消え入りそうな声で「ない」と呟く。
うん、知ってる。度重なる金の無心に、ガレーラの職人たちもあきれ果ててることも、かといって他の金融屋に頼んでも断られっぱなしだってことも。


「前も言ったじゃん。借金全部肩代わりするよって」
「それだけはお断りだ。誰がてめえのものになんてなるかよ」


俺の顔をまっすぐ見詰めてはっきりと言うので、少し悲しくなる。でも今はビジネスの話をしているから、眉毛を八の字にしたりはしない。その代わり、口端を引き上げ、とびきりの営業スマイルを作って見せた。


「じゃあ、せめて利息分だけ返さない?今夜なんてどう?」
「…」
「給料日まで利息なしにしてあげるから」


利息免罪という夢のような提案に、パウリーの目が迷うようにゆらゆらと泳ぐ。がしがしと頭を掻くその手を掴み、するりと指を絡ませた。


「…今度はもっと、気持ちよくしてあげるから」


目の前の顔が、面白いくらいに真っ赤になる。瞳はあまりの羞恥にうっすら膜を張っていて、その加虐心を煽る表情に、背中にぞわりと欲が走る。

こいつは全然気付いてくれない。何故俺がわざわざ他の業者に手を回して彼の借金を断らせているかも、葉巻代や昼食代にかこつけてパウリーの借金を嵩増ししているかも。


「今夜、いつもの場所で」


既に決定事項となった言葉に、返事はない。
すっかり押し黙ってしまったパウリーの手のひらは、じわりと汗をかいていた。
例え俺と君をつなぐ鎖が、愛なんて大それたものじゃなくたって全く構わないんだ。がんじがらめにして、俺のところから一歩も動けないようにしたい。
ねえ、早く。



(早く俺のところまで落ちてこい)









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