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そんな境遇のヤコウが今こんなに明るく笑っていられるのは、クザンが実に辛抱強く彼に接したことがとても大きい。
きっかけはクザンの腹が控えめに空腹を知らせたことだった。海軍に保護されたヤコウをとにかく人に慣れさせようと、クザンは昼夜つきっきりで他愛もない話を聞かせてあげていた時のことである。
「あららら…そういやそろそろ夕食の時間かね」
気がつくとあたりも随分と暗くなっていた。クザンが腹をさすりながらそう小さく呟くと、しばらくしてヤコウがぱくぱくと口を動かしたのだ。
「……ん?どォした?」
驚きで声が上ずってしまいそうになるのを必死に押さえ、努めて穏やかに問いかける。少年は少し迷ったように目線をさまよわせた後、かさかさの唇を開いた。
「おなか、へったの?」
水分をまるで摂っていない彼の声は、ひゅうひゅうと隙間風のように頼りなく響いた。少年が言い終わるのを待ってから、クザンも彼とおなじくらい静かな声で答える。
「腹、減ったねェ。なに?お前はお腹すかないの?」
「……おなかへったかどうか、もうわかんない」
小さな子供の口から出るにはあまりにも残酷な言葉に、クザンは思わず唇をかみ締める。座敷牢ではいくら泣いても叫んでもどうにもならず、そのうち体が空腹を訴えることも諦めてしまったのだろうか。
「じゃあ、一緒に飯食べない?実はお腹減ってるかもよ」
そう声をかけると、また目がふわふわと泳ぐ。少しの間のあと「たべても、ぶたない?」と聞いてきたヤコウを、クザンは思わず抱きしめていた。
少年はぎしりと体を強張らせたが、そうか、おこらないのか。とひとりごちると安心したように全身の力を抜いた。
久々の食事は胃が受け付けないからという軍医の指示により、ヤコウのその日の食事は点滴と流動食のみというなんとも味気ないものだったが、その夜ヤコウは海軍本部に保護されてから初めてベッドで眠りに付いた。
弱弱しい力でクザンの手を握り締めながら寝息をたてる少年の寝顔を確認し、ようやくクザンも意識を手放した。