とこやさんと赤犬 その2






「あれ、サカズキさん?どうしましたか」
「…また来ると言うたじゃろが」

入り口のドアベルを鳴らして入ってきた男の顔を確認した俺は、思わず間抜けな声をあげてしまう。サカズキは俺の顔をじろりと睨みながらも遠慮がちに返事をした。
そういえば前回、去り際にそんなことを言っていたような気がする。でも、まさか本当に来店してくれるとは思ってもみなかった。どうやら、サカズキという男は俺が思っている以上に義理堅い性格のようだ。律儀に約束を果たしに来てくれたサカズキに思わず笑みが漏れてしまうと、席に座った彼に見咎められてしまった。

「何を笑っとる」
「すみません。いやあ、サカズキさんが思っていた感じと違ったもので」
「あァ?」
「思ってたよりずっといい人だなあってことです」
「……くだらん」

サカズキはむすりと口を真一文字にしてはいるが、そんなに怒ってはなさそうだ。

髪を少しだけ揃えてほしいというので、のびた襟足などを短くしていく。鏡に映るサカズキは漫画で見ていた以上に眉間に深く皺を刻んだままで、なんだか疲れているようだった。

「お仕事忙しいんですか?」
「どっかの馬鹿のせいで書類決裁の皺寄せがこっちに来てのォ……」

俺の周りで書類を放っていきそうな人は残念ながら一人しか思いつかない。辛らつな言葉に苦笑しながらも、俺はある提案を口にした。

「そうだ。これからお店に取り入れる予定のメニューなんですけれど、良かったらモニターになってくれませんか?」
「モニター?」
「はい。ええと、ヘッドスパっていうんですけど」

俺はサカズキに、女性のお客様も取り込もうと前々から考えていたヘッドスパのモニターになってほしいとお願いする。女性客を中心にと考えてはいたが、リラクゼーション効果も高いので、今のサカズキにはぴったりだと思ったのだ。しばらく黙って俺の説明を聞いていたサカズキは、了承の意を唱えた。よっしゃ。彼の気持ちがかわる前にと俺はサカズキを洗面台へと案内した。
シャンプー台に寝かせ、顔にガーゼをかけると、まずはぬるま湯で頭をすすいでいく。そしてスカルプ用のシャンプーを泡立てた後、指の腹を使って丁寧に、かたくなった頭皮を揉み込むようにしていく。

「うわ、頭皮がちがちですよ〜相当ストレス溜まってますね」

円を描くようにマッサージしながら、つむじから側頭部へと指を滑らせていく。耳周りに指先を這わせたところ、くすぐったかったのか体がふるりと震えた。

「あっ、すみません。大丈夫ですか?」
「っ……ああ」

くすぐったいのが苦手なのか少し体をよじらせていて、失礼だがちょっと可愛らしいところもあるんだなあと思ってしまった。しかし、なるべく不快感を与えないように気をつけよう。

「くすぐったかったり、痛かったりしたら言ってくださいね〜」
「……」

とりあえず今のところは大丈夫らしい。施術を再開してしばらくすると呼吸がだんだん穏やかに、規則的になってきた。おそらく眠くなっているのだろう。その気持ち分かります。
目覚めたときに思わず伸びをしたくなるような爽快感が得られるようにと、指先に少し力を入れた。

***

人肌より少し熱めのシャワーで髪をすすいでいると、彼の体が小さく揺れた。

「あ、起きました?すすいで乾かしたら終わりです」
「……寝てたんか」
「はい、途中から。だいぶお疲れだったみたいですね」

髪も乾かし終わり、お疲れ様でしたと声をかける。サカズキは大きく伸びをして首を二三度鳴らした。

「いかがでしょう?」
「ああ……だいぶスッキリした」

そう言うサカズキの顔は先程よりも心なしか穏やかに見える気がする。正式なメニューになったらまた声をかけてくれ、なんて言い出すからどうやら気に入ってくれたようだ。
この人相手でこれだけの効果だったら他のお客様でもいけそうだな、と俺は小さくガッツポーズした。


***


「あの、クザンさん。なんで機嫌悪いんですか?」
「……ヤコウのはじめては俺がしたかったのに」
「なんすか、それ」

夕食に誘ってくれたクザンさんに早速今日の出来事を話すと、彼はとたんに不機嫌になってしまった。こんなところまで張り合おうとするなんて、本当にサカズキと仲が悪いらしい。

「でも、今日は本当にお試しだったんですよ。それに、今特注のシャンプー台を注文しているんです。それの初めてはクザンさんって、おれ決めてるんで」

それで許してもらえます?と彼の顔を覗き込むと、クザンさんはげほげほと盛大にむせはじめた。背中をさすってやると、顔を逸らしながら「じゃあいいけど」と小さく答える。どうやら機嫌は少しだけ上向きになったようだ。意外と新し物好きなんだなあ。
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