あやかしやこう 1





とある島の、とある村。いや、村だった場所、と言ったほうが正しいのかもしれない。船員が滞在できる場所はないかと、偵察で訪れたマルコが降り立ったその地は、すでに焼け野原と化していた。
立ち込める鉄錆のような臭いにマルコは思わず顔を顰める。火が燻っている様子もないので、この惨劇は一、二日程前に起こったものと推測される。賊の襲撃か、部族間の争いか。どっちみちこの様子じゃ生き残ってるものはいないだろう。
しかし妙だ、とも考えていた。血の臭いがするのに、死体がひとつも、ない。
その時やっとマルコは、奥から物音がすることに気付いた。残党か?そう思いながら、気配を消し慎重に音の出所へと向かう。ざくざくと何かを掘るような、物音。

誰かが背を向けて、土を掘っていた。何をしている?そう問いかけようと口を開いた瞬間。


「おじさん誰?」


背を向けていた人影が急に振り向いた。年は十代後半ほど、白ひげ海賊団の末っ子と同い年くらいだろうか。褐色の肌に、あご下まで伸びた金とも白ともとれるような髪はゆるいウェーブがかかっていて、赤黒く変色した血がこびりついている。
髪よりも少し濃い金色の大きな瞳は何気ない風を装って入るが、マルコの一挙手一投足を見逃すまいと視線を外さない。その、射抜くような瞳にマルコは一瞬ぎくりとも、ぞくりともするような感覚を覚えた。


「…俺は、海賊だよい。てめぇは何してんだ」
「お墓、掘ってるんだ」
「は、か?」
「そう」


マルコに敵意はないことを確認したのか、少年はやっとその視線を外し土を掘り始める。よく見ると、少年の傍らには子どもであっただろう、小さな亡骸がひっそりと横たわっていた。


「この子でようやく最後」
「最後って…これ全部おめぇがやったのかよい?」


マルコの目の前にはおびただしい数の土の山が広がっており、そのうえにはどれも色とりどりの野花が手向けてある。この数をお前が、たった一人で行ったというのか?そう問いかけたマルコを少年はじっと見詰めると、こくりと頷き、また手元に視線を戻す。その手は泥と血に塗れていた。


「だって、かわいそうじゃないか」


掘り終わった穴を見詰め、少年はぽつりと呟く。声は静かだったし目も穏やかだったが、マルコはその中にどこか悲しみのようなものを感じた。


「皆、俺のことを本当の家族みたいにしてくれたんだ」


ようやく終わったのだろう。少年は亡骸を埋めた土山の上に、そばに生えていた白い花を供え、目を閉じて両手を合わせた。


「どうか、やすらかに」


まるで神聖な儀式のようだ、とマルコは思う。焼け野原の混沌の中で、この場所だけに静謐で、清澄な空気が流れた。




「…この人達と共に生きることが任務だったんだけど、失敗した。失敗は死を意味するけど、それも嫌だ。死にたくないし、もう里には戻れない」


独り言のように呟く言葉に、マルコは首を傾げた。任務、ということはどこかの組織に所属していたということか。この辺りの海域に大きな組織など無いはずだし、目の前の少年は海軍のような公僕にはとても見えない。

少年はぱんぱんと手に付いた土を払うと、マルコの方を見て明るい声を出した。


「俺、ヤコウ。おじさんは?おじさん海賊っていったっけ?」
「おじさんじゃなくてマルコだよい」
「ねえ、おじさん雇ってくれない?」
「だからおじさんじゃ……雇う?」


突然の申し出にマルコは面食らい、普段は冷静沈着な彼にしては珍しくひどく間の抜けた顔をした。


「そ。海賊なんでしょ?俺、役に立てるよ」


にっこりと花のように笑うヤコウとなのった少年に、可憐だな。と柄にもないことを思いながらも、うっかり脱線した思考を元に戻すべく首をふるりと振り、こめかみを抑えた。


「見ず知らずのおっさんに雇えとは随分無鉄砲だねい。だいたい役に立つって、お前さん、何が出来る」
「暗殺」
「あ、え?」
「暗殺、諜報活動、先駆け、標的一掃。雇い金は衣食住の保証。どう?」


花の名前でも言うように暗殺、標的一掃、なんてさらりと言ってのける目の前の少年にマルコはますます唖然とする。


「あー…全部埋め終わったらなんか…」


ヤコウは、くわあと欠伸をしたと思ったらふらりとその場に崩れ落ちる。マルコが咄嗟にその体を支えると、腕の中でありがとう、と小さく返したその顔はその元来の肌色であることを差し引いても土気色で具合が悪そうに見えた。


「おいッ!どうした」
「ごめん、2日ぶりの眠気が」
「……は?」
「作業に必死で寝るの忘れた。おじさん、詳細は後で。どうぞよしなに…」


マルコを見詰めてにこりと笑う。ずいぶんと間延びした声は尻すぼみになり、そのまま安らかな寝息を立て始めた。


「おい…まじで寝るんかよい…」


ぺちぺちと少年の頬を叩くがまったく覚醒する様子はなく、少年を抱えたマルコは大きなため息をついた。こんな状況で普通寝られるか?しかもまだうんとも言ってねェよい、ぶつぶつ文句を垂れる。だが、こういうおかしな奴ほど自身の船長は好むことをマルコは知っていた。それに、単純にマルコ本人が、ヤコウのことをもう少し知りたいと思うほどには、既に彼に惹かれていた。

こうしてマルコはヤコウを移動しやすいように抱え直すと、モビー・ディック号に向かうべく美しい青の炎へと姿を変えたのであった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -