とこやさんと赤犬





今。俺は必死に、先日クザンさんと飲みに行ったときの会話を思い出していた。

『あー……なんだ、ホラ。ヤコウ。サカズキっていう怖いおっさんとは、関わるのはやめときなさいや』
『ん〜?なんすかぁ〜?』
『だーかーらー。サカズキとは』
『はい』
『関わるなって。そう言ってんの』
『ういーーす!』
『うわー、酔っ払い。……あのね、おれ本気で言ってんのよ?だってあいつ……』

はい、ここから先はもう眠りこけて思い出せないので回想は終了だ。クザンさんは、『サカズキに関わるな』確かにそう言っていた。
だがもうその約束は果たされない。なぜなら赤犬…サカズキはもう既に目の前に立っているからだ。眉間に盛大に皺を寄せて、無言でこちらを睨みつけている。うう、気まずい。とりあえず笑顔でコミュニケーションを試みてみる。

「いらっしゃいませ〜!」
「おどれか、クザンをたぶらかしょるいうんは」

オーケー、先制パンチがきつすぎて会話のキャッチボールが成立していない。

「はい!クザンさんには大変お世話になっております!こちらの席へどうぞ」
「わしは客じゃあない」
「まあまあ〜そんなこと言わずに!」

入口にこんな怖い人が立っていると他の客が入りづらいと思い、笑顔で店内にサカズキを押し入れたのだが、どうやらそれは失敗だったらしい。先客の海兵はサカズキの姿を確認すると「ひ」と声をあげ慌てて席から立ち上がりびしりと敬礼をし始めたのだ。あああ、顎にこんもり乗っている泡のせいでふざけているようにしか見えない。
サカズキはそんな海兵を一瞥すると、眉間に皺を寄せたままぐるりと店内を見回した。

「繁盛しちょるようじゃのう」
「はい、おかげさまで。クザンさんはもちろん、最近はボルサリーノさんにも贔屓にしてもらってます」

そう返すと、サカズキは「あいつもか」と小さな声をあげ舌打ちをする。そして俺を睨みつけると予想外の言葉を放った。


「いつの間にかなじんどるが……どこぞのスパイちゅうことはないんか」
「えっ」

ああ、なるほど。目の前の男が何を考えているのかようやくわかった。そうか、俺はこの人に疑われているのか。
確かに、突然現れた素性のわからない男が、いきなり海軍本部のすぐそばで店を構えるだなんてどう考えても不自然な話だろう。一番初めに出会ったのがこの人だったらどうなっていたかわからない、クザンさんと出会えたことに改めて感謝をする。
ーしかし、どうやってこの人の誤解を解こうかなとのんびり考えていた俺だったが、次のサカズキの一言でぎしりと体を強張らせた。

「クザンはいつもそうじゃ。海軍にとって面倒になることばかり引き寄せる」
「……は?」
「疫病神じゃ言うとるんじゃ」

そう言いながら忌々しげに顔を歪める彼の表情を見て、赤犬と青雉の不仲ぶりを思い知る。でも。それにしたって、今の言葉は。

「あの、おれの悪口ならいくらでも受けますけど、おれの恩人を悪く言うのはやめてくれませんか?」

俺の一言に、サカズキはぱちりと瞬きをした。
駄目だもうやめないと、と頭のどこかでは思っているのに口が止まらない。

「一文無しで放り出されたおれをお世話してくれたのはクザンさんなんです。今の生活があるのは間違いなく彼のおかげなんです」

いけない、怒りで顔が強張っているのが自分でもよくわかる。俺は一つ息を吸うと、営業スマイルをして見せた。

「悪態を吐くだけにいらしたのでしたら、大変心苦しいですがお引取り願えますか?」

ああ、言い切ってしまった。でも口にしてしまったことに嘘偽りはないし、もちろん後悔もない。
俺の顔をぽかんとした顔で見つめていたサカズキは、しばらくすると、く、と口許を歪ませた。やはり気を悪くしただろうかと思ったが、彼の口から出た言葉はさらに予想外だった。

「肝が座っちょるのう」
「……どうも」

そのまま彼は「邪魔したのォ」と呟くと、踵を返してドアへと向かった。しかし扉の前でぴたりと足を止めると、こちらをちらりと振り向いた。

「今度は客として、また来るけぇの」
「……え。それは、つまり」

それはつまり、認めてくれたということだろうか。
無言で去る背中に了承の意を捉え、俺は元気に「お待ちしておりまーす!」と声をかけた。実は結構いい人なのではないだろうか。塩をまくのはやめておこう。





ヤコウを夕食にでも誘おうとぶらぶらと店に向かっていた俺は、向こうからやって来る男に気付いて思わず顔を顰めた。

「……あららら、どうも。勤務時間に外出なんて珍しいんじゃない」
「……」

サカズキが俺に対してだんまりを決め込むのは相変わらずのことなので、諦めてそのまま歩き出した。すると、俺の背中に「おい」とサカズキが声をかける。

「おい、あいつは面白い男じゃのォ」

そう言いながら口許を歪ませる、これは感情を表に出すのが苦手であるサカズキの笑みであることを俺は知っている。
そしてそれを見て、サカズキの指す「あいつ」が誰であるかも理解してしまった。
肩で風を切るように歩みを進めるサカズキの背中を見つめながら、俺はぼそりと呟いた。

「……あーーあ。だから俺言ったじゃない」

『俺本気で言ってんのよ?だってあいつ、』

俺とよく、似てるから。
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