狼は優しく微笑む





「スモーカーさん、今夜もお願いできますか?」
「……ヤコウ、航海に入ってから毎日じゃねェか」
「広い部屋で大勢で寝るのがどうにも慣れなくて」

そう言って上品な顔に困ったような表情を載せて、すみません。なんて謝るものだから、俺はひとつため息をつくと彼を部屋へ招き入れた。

ヤコウは最近俺の部下になった男だ。若いのでまだ階級は少佐ではあるが、頭の回転が早く先見の明がある。本人は文官志望ということだが体術も他の者と遜色ない。加えて、物腰の柔らかい態度やおっとりとした本人の性格を反映したような優しそうな顔は美しく、微笑みは凪いだ海のようだ。彼は、俺の自慢の部下の一人である。

そんなヤコウが俺の部屋を訪ねてきたのは、とある島へ向かうべく航海をはじめて何日か経ってのことだった。
良家の出自だと聞く彼は、広い部屋で雑魚寝をすることが未だに慣れないらしかった。そこで一人部屋の俺の部屋で一緒に眠らせて欲しいと言ってきたのだ。
そこらへんの奴がこんなことを願い出たのなら、馬鹿なこと言ってんじゃねえと尻でも蹴り上げてやるところだが、白を通り越して青白くさせた顔にうっすらと隈を貼り付けて懇願されたらさすがに断れない。小さく舌打ちをしながらも彼を部屋に招き入れるのが常だった。

しかし憂鬱なのが彼の寝相だ。
どうも少しばかり、近過ぎるのだ。ぱちりと目をさますと俺はいつも彼の抱き枕のようになっている。
すぐ目の前には、長い睫毛、形の良い唇から溢れる小さな寝息。
しかも、その。朝の生理現象というか。少し起ち上がった股間までぎゅうぎゅうと押し付けられているもんだから。
そんな気はなくてもくらりとしてしまいそうになる。
彼が寝に来るようになってからは毎晩寝不足だった。

「スモーカーさん、寝不足ですか?」
「…うるせェ」
進路報告を聞きながら欠伸を噛み殺していると、それに気付いた報告員が苦笑しながら問いかける。
ヒラヒラと手を振って報告の続きを促しながら、そういえばこいつはヤコウと同期だったな、とふと思い出す。あいつの困った癖は訓練生時代もさぞかし苦労したのではないだろうか。

「お前はたしか、ヤコウと同期だったな」
「ヤコウですか?はい、訓練生時代からです。と言っても、階級はあいつの方が上になってしまいましたが」
「あいつは苦労したんじゃないか?」
「はい?」
「いや、ほら」

大部屋じゃあ眠れないんだろ。そう聞くと、報告員はぱちりと目を丸くし何度か瞬きした。



「どういうことだ」

今夜も眠れないから。と俺の部屋を訪ねてきたヤコウに低い声で唸ると、言葉の意味が掴めないのかきょとんとしている。

「お前の同期から聞いたぞ」
「ええと…?」
「大部屋じゃあ眠れないなんて嘘っぱちだってな」

そう言い放つと目の前の男が驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせる、長い睫毛がこすれる音がしたような気がした。

「ああ、バレてしまいましたか」

いつもの困ったような笑顔を見せるヤコウが後ろ手にドアを閉める。かちりと鍵がかかる音がした。

「スモーカーさんから襲ってくれたら丁度良かったんですけど」

そう言いながらぴったり体を寄り添うようにするので、頭が追いつかない俺はじりじりと後退してしまう。
そのうち膝がかくりと折れて、いつの間にか逃げ場を無くした俺はベッドでヤコウの笑顔を見上げるような形になっていた。

「でも、じゃあ。いいですよね?おれから手を出しても」

据え膳、据え膳。と手を合わせて小首を傾げるヤコウの笑顔はやはり凪いだ海のように美しく、まだ状況をうまく把握できない俺は、じりじりと小さな音をたてて燃えてゆく葉巻を灰皿にあげないと、なんて見当違いなことを頭の隅で考えていた。
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