とこやさんと青雉






「ありがとうございましたあ!」

また来るよ、と満足げに約束してくれた海兵さんを笑顔で見送る。
休む暇もない海軍本部の人たちにとって、ほんの数十分で身奇麗にできるこの場所はうってつけらしく、ありがたいことに連日客が絶えない。まさに適材適所という訳だ。
カランカラン。ドアベルの軽快な音色に、予約客かと振り返ると、そこにはよく見知った顔が立っていた。

「クザンさん、お疲れ様です!」
「はいおつかれさま。相変わらず元気そうだね」

気だるげに片手をあげて挨拶をするクザンさんに飛びつくように駆け寄った。

「今日はどうされましたー?」
「いや、大したことじゃないんだけど。ヤコウ、仕事終わりあいてたら飲みに行かない?」
「えっいいんすか!ぜひ!」
「じゃあ仕事終わりに店に寄るわ」

そう言うとクザンさんは邪魔したね、と片手をひらひらと振って去っていった。もう少し話したかったなあ。

ワンピース界で青雉と言う二つ名を持つクザンさんは、無銭飲食で捕まっていた俺の代金を肩代わりしてくれたあげくここで働けるように口利きをしてくれた、俺にとっては大恩人だ。今でもたまに様子を見に来てくれるし、こうやって夕飯なども誘ってくれるのでこの世界で知人のいない俺にとっては特別な存在とも言える。
夜の予定ができて俄然やる気が湧いてきた俺は、次のお客さんが来る前に床掃除を済ませないと!と、デッキブラシを手に持ちガッツポーズをした。





「かんぱ〜い!」
「はいはい乾杯。ねえこの乾杯何回目だと思ってるの」
「おぼえてないです!かんぱ〜い!!」
「あららら……で、どうよ?お店は繁盛してる?」
「はい!クザンさんのおかげです!」

クザンさんが注いでくれたジョッキの酒をがぶりと煽る。酒が入ってご機嫌の俺は、クザンさんのいきつけの店の美味しい料理に舌鼓をうちながら、同じくらい飲んでいるのに全く顔色の変わらない彼と他愛もない話をしていた。気の置けない関係みたいで嬉しい。クザンさんは「それは良かったね」なんて言いながら自身のジョッキに残っていた酒を飲み干した。ワンピースの世界の人って本当にお酒が強いんだなあ。実際に対面すると驚いてしまう。

そんなことを考えると、楽しい一時だというのについ余計なことまで思い出してしまった。
一番初めにこの世界に来たときのこと。気付いたらまったく知らない街にいて、持っていた貨幣を偽装と疑われたときはいつもは能天気な俺もさすがに背筋が凍る思いがした。自らにかけられた手錠の、ひやりとした感覚と重さが夢ではないことを告げていて、でも思考が追いつかなくて。あの時クザンさんと出会えなかったらどうなっていたかわからないし、想像もしたくない。
グラスを両手で握りしめながら、ぼんやりしているとクザンさんに声を掛けられた。

「どうしたの?もう酔った?」
「いえ……クザンさんと初めて会ったときのことを思い出していました」
「あー、あれね。びっくりしちゃったよ。ヤコウ、いきなり体で払うとかいいだすんだもん」
「いやあ……でも飲食代も肩代わりしてくれるし、職まで紹介してくれて本当に助かりました」

ぽつり、ぽつりと言葉が零れ落ちてくる。

「ほんと、おれ。クザンさんに会えてよかったです」
「……あららら。可愛いこと言うじゃない」

酒の力もあって、いつもは照れて言えないようなことまでするりと口にしてしまった。クザンさんは一瞬目を見開いた後、俺の頬にするりと指を這わせる。久しぶりの酒でほんのり熱くなってきた頬に彼の冷たい指は心地よく、思わず自ら頬を摺り寄せてしまう。

「クザンさん、おれ…」
「うん」

クザンさんは俺の二の句を待ってくれているようだった。なんだか思ってることが透けているみたいで恥ずかしいけど、言うなら今しかないような気がする。
俺は残りの酒でからからの喉を湿らせて、ずっと、ずっと言いたかったことを口にした。

「……おれ!クザンさんみたいな友達ができて本当に幸せです!!」
「…………あー、そうね。友達ね」

あれ。目の前で憮然とするクザンさんに俺は思わず首を傾げる。……もしかして。

「すみません、友達なんて大それたこと思ってしまって。とんだ勘違いですよね」

そりゃそうだ、海軍本部大将ともあろうものがこんな一般人が友達なんて変な話だ。クザンさんにとっては仕事の一環だったのに、いきなり友達扱いなんてさすがに図々しいよな。
思わずしょんぼりしてしまった俺を見て、クザンさんは慌てて首を横に振った。

「いやいや別にそういう意味じゃないから」
「じゃあ友達だって思って良いですか?!」
「いいよ。今はね」
「なにそれこわい」

友達の称号が剥奪される日がくるんですか?って恐る恐る聞いたら「ヤコウって鈍感って言われるでしょ」ってため息つかれた。解せぬ。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -