あやかしやこう6






ヤコウの歓迎の宴の最中であった。
誰かが、敵襲、と声を上げる。途端に甲板にびりりとした殺気が走り、ある者は先陣用の小船を出そうと船尾へ、またある者は武器庫へとそれぞれが足早に駆け出した。
月明かりもない真っ暗な夜の海をマルコが睨みつける。敵船の数は三隻ほどだろうか、中央の一際大きな船が母船のようだ。どのみち親船を潰せば方が付くだろう。と、頭の中で即座に算段をつける。

「先駆けはうちがやる!一番隊はさっさと準備しろい!!」

先陣隊を買って出ようとマルコが声を張ると、その言葉を待っていたかのように一番隊の地鳴りのような掛け声が湧き上がる。立ち上がったマルコの手を、ヤコウが掴んだ。

「マルコ。露払い、俺にやらせて」

いつの間にか自分の得物であろう小太刀を手に握り、うずうずとマルコの方を見やる。その目は、獲物を見つけた獣が興奮を抑えきれないのと同じようにきらきらと金色に輝いている。

「言われなくても、そのつもりだよい」

マルコは口端だけを吊り上げてニヤリと笑った。早いところ実力を見たいと思っていた頃に、丁度良いカモが来たものだ。
ヤコウは、やった!と小さくガッツポーズをした後目を閉じ、深呼吸した。ヤコウの呼吸がどんどん深くなるのに伴い、周りの空気がぴりぴりと張り詰めていくのがわかる。

す、と片膝をついたヤコウが、目を開ける。それは月のように澄んでいて、何の感情も映さない。

「マルコ、俺に命を」

ゾクッとするほど冷たい声色に、マルコは思わず鳥肌が立つのを感じた。

「…ヤコウ、母船の命ァとってこい」
「御意」

ヤコウの姿が、ゆらりと闇に溶けた。



どうなってるんだ。
楼台にいた見張り番が、宴で誰もが油断している白ひげの船を見つけ、思わぬ勝機に全船員が心躍った。俺たちだってこの海域じゃちょっとは名の知れた海賊だ。今なら一気に叩ける、そう思わず笑みが零れた。
突然、楼台で白ひげの船の動向を報告していた男の首が、宙に飛んだ。

「おいっ何かが…」

楼台にいたもう一人が声をあげるが断末魔と共に途切れる。
闇を縫って、何かがいる。目を凝らしてみるが、ちょうど月が雲に隠れてしまって何も見えない。くそっ、敵に悟られないようにと残らず松明を消したのが拙かった。
風切音がする度に、一人、また一人と膝をついていく。血の臭いが甲板中に立ち込めてきた。
でも、おかしい。銃声もしない、刃音も。なにより、足音がしない。俺たちはいったい、誰に、何に襲われているんだ?
見えない恐怖に足が竦む、情けないことに体が震えている。息がうまく吸えない。

ひゅっ、という空気が裂ける音がすぐ耳元で聞え、目の前にぎらぎらと光る、獣のような目が現れた。
鼻先まで近づいたその顔は笑っていたような気がしたが、よくわからない。

それで俺はもう、それきりだった。



一つの青火が、敵船へ降る。その炎が徐々に人の形を成していき、それがマルコだとわかるとヤコウはきれい、と呟いた。

「マルコってすげぇんだな」
「……それは」

こっちの台詞だよい。マルコは眠そうな目を見開いて甲板を見回す。
マルコがヤコウに先駆けを命じたのはほんの少し前だ。一番隊の足並みが揃い、そろそろ加勢するかな、と一足先にマルコが敵船へ降り立ったが、そこにはもう、戦火はなかった。
血の臭いの立ち込めるなか、二本の小太刀を握り締め立ち尽くすヤコウがいるだけだった。

「言ったでしょ、先駆けは得意なんだ」

顔までは見えないが、声のトーンが戻っていてマルコは少し安心する。その時、甲板の隅から情けない声が聞えた。

「あれ、まだ生きてたの」

にべもなく言ってのけるヤコウが、声のする方向へと歩みを進める。残党は、無駄だとはわかりながらもずりずりと這って逃げているようであった。しかしそれは叶わず、眼前にヤコウが立ち塞がると、空気が漏れたような情けない声をあげた。

「ひっ、ばけもの……っ」
「知ってる」

断末魔が響く。
雲が晴れ、血に濡れたヤコウがぼんやりと月の光で浮かび上る。
にこりと微笑むヤコウは、ぞっとするほど美しかった。
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