あやかしやこう 5





各隊長と一通り挨拶を済ませたヤコウのお腹が盛大に鳴り、ああ。そういえば二日ぐらい何も食べてない、なんてとんでもないことをさらりと言うものだから、他の人よりもだいぶ世話やきな性質であるサッチはそのまま放って置くことも出来ず彼の手を引いて食堂に連れてきた。昼のピークをとっくに過ぎた食堂内は人もまばらではあったが、その代わり奥の厨房は突如決定した夜からの宴の準備でまさしく戦場のようだった。

料理人達は手を止めることなくサッチが連れてきた初めて見る少年に、ちらりちらりと目を向ける。その目線はお世辞にも好意的といえるものではなかったが、その目線に気付いたヤコウが悪びれることなく「はじめまして、よろしく」なんて笑顔で自己紹介を始めるものだからかえって声を掛けられた方がおどおどしていた。そんな様子を見てサッチは苦笑しながらも昼食の残りを温め、椅子に座りながら料理人の名前を聞きにかかるヤコウの目の前にことりと置いた。


「ほら、酒飲む前になんか腹に入れたほうが良いだろう」
「わあ!おじさん、ありがとう」
「おじっ…っ!」


ショックを受けながらも、サッチだと訂正するとヤコウは「サッチさんありがとう」と言いなおし、手を合わせていただきます。と目を閉じた。へえ、ずいぶんお行儀のいいことで。と、サッチは目を丸くする。
サッチはヤコウの向かい側に腰掛けると、スプーンを口に運ぶ彼の様子を観察する。常にまず理屈を考えてから動こうとするあの長男が、理性的とは到底言えないような行動力で連れてきた目前の少年に興味があった。

先ほどの自己紹介を思い浮かべながら彼を眺めてみる。
赤銅色に包まれた全身は鍛えれられてはいるものの少年特有の細さを残したままだし、その体に乗せられた顔は驚くほど綺麗だった。肌色に良く映える蜂蜜色の目はスプーンにかぶりつくたびにきらきらとした輝きを増す。どうやら食事がお気に召したようだ。
目の前の少年は例えるなら人懐こい大型犬のようだ、暗殺だなんて物騒なことができるような面にはとても見えない。というのが彼の正直な感想だった。

その目線に気付いたヤコウは、口の中のものをきちんと飲み込んで、感想を言った。


「サッチさんありがとう、すげえおいしい」
「サッチでいいって」
「おい、なんでエースが答えんだよ。てかヤコウのものを食ってんじゃねえ」


いつの間に湧いて出たのか、ヤコウの隣に腰掛けたエースがちゃっかり皿の中身をつまみ食いしている。お前は昼に散々食っただろう、とサッチは食べ汚い弟を見てため息を漏らす。ヤコウが「仕方ねえなあ」なんて言いながらスプーンいっぱいのチャーハンをエースの口に運んでやると、エースはなんのためらいもなくぱくりと食いついた。


「おーおー、どっちが兄かわかんねえなこれ」
「まみっ?!おふぇらおう!?」
「エース、口の中身を飲み込んでから話せよ。行儀が悪いだろ」
「む、わかっま」


ヤコウに注意までされていて本当にどっちが兄だかわかったものではない。ヤコウの言葉に慌てて口を閉じて咀嚼するエースや、やがてテーブルに顔を打ち付けるようにエースが爆睡し出したのを見て慌てふためくヤコウの姿にサッチは笑い声を上げた。









自分のために開かれた盛大な宴の様子に、ヤコウはきょろきょろと辺りを見回しながらも船員に勧められるがままに酒をあおった。食堂の広さからもずいぶん大きな船だとは思っていたが、だだっ広い甲板は文字通り人で埋め尽くされている。


「どうだよい、うちの感想は」
「マルコ」


酒がなみなみと入ったグラスを片手にマルコがヤコウの隣にどかりと座った。


「ご飯がおいしい。あと、俺が思ってた以上にたくさん人がいるんだなあ〜って驚いてるところ」
「そうか。確かにうちは大所帯だからねい」
「それで、俺への警戒は解けたわけ?」


なんでもないように言うヤコウに、マルコは少しばかり目を瞠った。が、すぐに口元に意地の悪い笑みを浮かべると、半分ほど空いたヤコウのグラスに火酒を注いだ。


「ばれてたかよい」
「なんとなくだけど」


いろんな船員とグラスを交わしていたヤコウは、先ほどからねめるような視線を感じていた。その視線を感じなくなった途端にマルコが声を掛けてきたので視線の正体は彼だと当たりをつけたのだという。


「悪ィな。こういう役回りなもんで」
「気にしないよ。俺がマルコだったらもっとあからさまに警戒するもん」


そうけろりと言い切るヤコウは、見ている限りでは本当に裏表のない男のようだったし、他の隊長も大方同意見だった。中にはまだ訝しげな目で見るものも少なくはないが、当然のことだろうとマルコは考えている。

「活躍の場でもあれば見る目も変わるかもしれないねい」
「そっか。早く、敵こないかなあ」
「やめろい、めんどくせェ」


俺はおとなしく酒が飲みてえよい。と言いながらマルコがグラスを軽く掲げてきたのでヤコウも笑顔でそれにならいグラスをかちりと合わせた。









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