あやかしやこう 4






目の前に聳え立つ山のような、はたまた壁のような船長の姿に、ヤコウは ふわあ、と感心したようなため息をついた。


「俺、こんなに大っきい人はじめて見たや」
「グラララ!そりゃあ良かったな!貴重な体験ができたじゃねえか」


自身の体と同じくらい大きい椅子に腰掛ける、モビー・ディック号の千六百人の船員を束ねる船長にして四皇の一人であるエドワード・ニューゲートと、ヤコウが向かい合うように立ち、互いに簡単に自己紹介をし始めた。その周りを各隊長が囲むようにし、中心の男がどんな動きをしても見逃すまいと目を光らせていた。


「ヤコウ、モビーに乗船を希望していることはマルコから聞いた。…おめぇ特技が暗殺なんだって?」


グラララと笑いながら、エドワードが身を乗り出すようにして聞いてくる。それを受けた各隊長の頭が、風にそよぐ葦のように揃ってヤコウのほうを向く。穏やかではない言葉に、ただでさえ恐ろしい顔をさらに強張らせているものもいた。そんな視線を気にする様子もなくヤコウはエドワードの問いに答える。


「ああ。俺はワノ国の忍びの里出身なんだ」
「へぇ。おめぇさん、ワノ国出かい」


声をあげたのはイゾウだった。同じ出だとは気付かなかったらしい。イゾウの出で立ちを見て自分と同じ出身と判断し、ヤコウは思わず明るい顔を見せてから話を続けた。


「多くの人たちは、ワノ国は「侍」だけの国だと思っている。でも、ちょっと違うんだ。侍や民間人の他に、隠密…闇に紛れて生きる稼業がある。」


依頼者の命を受け、邪魔な者を病や事故に見せかけて暗殺する。あるいは組織の裏側を明るみに出すため、目的の組織内に潜入する。


「全ては里の長から命次第なんだ。一度だけ海軍にも潜入したし」


それを聞いて目を見張ったのは一番隊長のマルコだ。


「海軍には何年いたよい」
「んーと、一年くらいだったかなあ?ちょうど二年ぐらい前の話だよ。」


そのうち大将に気付かれそうになり、任務の終了と同時に足早に除隊したという。変もしたし、目をつけられないようにしたんだけどなぁ。とぼやくヤコウに、大方クザンにでも狙われたのだろうとマルコは当たりをつけた。あいつは妙に鼻が利く。しかし海軍に偵察目的で所属していたということは、ある程度上層部の動きも把握しているかもしれない。俺は良い駒を手に入れたかも知れねえよい、とマルコは一人ほくそ笑んだ。


「悪魔の実は食べたのかよい」
「ううん。でも里で鍛えられたから頑丈だし下手な能力者よりできると思う。拷問にも耐えられるし、ある程度なら毒も効かない」


それを聞いたイゾウは、自身の祖国、ワノ国に忍びと呼ばれる組織があることは知っていたが、まだ二十歳にも手が届かないような少年が拷問も毒も平気だとけろりとした顔でいうその異常さに顔を顰めた。


「おじ…マルコさんには少し話したかもしれないけど、俺は先の任務で失敗をした。稼業にとって、命の不履行は里自体の崩壊を招きかねない。だから本来はその場で自ら命を絶つんだ」


でも俺はまだ死にたくなかった、とぽつりと溢したヤコウは、しばらくの沈黙の後顔を上げると白ひげの目を見つめた。


「エドワードさん。俺頑張って役に立つから、ここにおいてくれないかな」


その目をエドワードもじっと見詰め返す。曇りのないまっすぐな視線はぶれることはない。
やがてエドワードは空間が揺れるくらい大きな声で、笑った。



「あたりめぇだな。手を焼く息子が拾ってきた犬っころの面倒を見るのは、いつだって親と相場が決まっていらぁ」
「俺はまだ、手を焼く息子扱いかよい…」
「犬っころ…」


エドワードの言葉に苦虫を噛み潰したような顔をするマルコとヤコウだが、ふとお互いの視線が合い笑顔を向けあう。


「マルコさん、ありがとうな」
「マルコでいいよい。ここでは皆家族だ。お前も今日から親父の元に集う息子なんだからな」
「そして!俺の弟だっ!!」


エースが勢いをつけて、ヤコウの背中に飛びつく。


「わっ!エース」
「お前は今日から末っ子だぞ!よろしくな!!」


よっぽど弟ができて嬉しいのか、顔中で笑うエース。他の皆も代わる代わる名乗り自己紹介をして、その一つ一つにヤコウは丁寧に自己紹介を返す。
全隊長とあいさつを済ませたヤコウは、皆の顔をぐるりと見回して、ようやく緊張が解けたのかふうっと小さくため息とつくとからりと笑った。


「すげえ日だなあ。たった一日で親父とこんなにたくさんの兄貴ができちゃった」


その、存外かわいらしい一言に隊長たちも笑った。
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