とこやさんと黄猿




来た。ついに来てしまった。

カランカランと涼やかな音色で店のドアベルが鳴る。反射的に「いらっしゃいませえ」と声をかけそちらを見やると、客が誰であるかに気付いた俺は、情けなくもごくりとのどを鳴らしてしまった。


「オ〜〜、おじゃまするよォ〜」


出、出〜!!アイロンパーマ奴〜!!!
目の前に現れたのは、俺が専門学校時代最も苦戦した髪型だった。形や、方向の揃えた綺麗なカールを何百個も作ることに苦戦し、可哀想な髪形にされた俺のカットマネキンを片手に修羅か羅刹と化してしまった講師にはがみがみ怒られ、課題中は毎晩夢にまで見たものだ。
『こんな髪型、8がつく職業か演歌歌手じゃねえとやらねえだろ』と同期とぶうぶう文句を言っていた奴が、ついに来てしまったのだ。


「君がヤコウ君かい?クザンに聞いてねェ〜わっしも髪を切りにきたんだよォ〜」
「ご利用ありがとうございます」


にこにこと人懐こそうな笑顔で店に入るボルサリーノに俺も笑顔を返し、席へと案内する。

「どのようにいたしましょうか?」
「そ〜だねェ〜クザンが言っていたシェービングってやつと、あァ、あと髪も少し整えてもらおうかねェ〜」
「かしこまりました」


着席したボルサリーノにエプロンをかけた俺は苦難を共にしてきた戦友・アイロンを取り出す。
ロッドで火傷し、カットマネキンを惨殺し泣いていたあの頃の俺とはもう違う。
頑張れヤコウ、負けるなヤコウ。俺のアイロンさばきを喰らいやがれ!









結果から言うと、魂をこめたパンチパーマは会心の出来栄えだった。
ボルサリーノもとても満足したのか、少々多すぎやしないか?と心配になる金額のチップまでくれた。ありがたく頂戴するけどね!さすがは大将、太っ腹だぜ!


「他の人たちにも紹介しておくよォ〜」
「ありがとうございます!またのご利用おまちしておりまーす」


ひらひらと手を振るボルサリーノを笑顔で見送る。
あの髪質からしてあと3ヶ月は持つだろうが、仕上がりにも満足しているようだしきっとまた来てくれるだろう。いくらか遠回りはしたが、この仕事は天職らしい。
俺の進化はとどまることを知らない。
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