野蛮なペットのしつけかた





妙に、気になる奴がいる。
ドフラミンゴがいつかの取引から帰ってきた際、自身にそう漏らしていたことはぼんやり覚えている。が、いきなり男−しかもどう見てもごくごく普通の一般人−を連れてきたときはさすがのベビー5も驚いた。


「若様、そいつどうしたの?」

「アー……おれのペットだ」


予想の斜め上の回答にベビー5はますます困惑し、目を見開く。そんな彼女を目の前にして、連れられてきた男はにこりと極上の笑みを向けた。





初めて見たときから、ああ、欲しいな。と思っていた。
別に抱きたいとか戦力にしたいとかそういう意味ではなく、例えるなら愛玩動物のようなそれで。

ヤコウは、ドフラミンゴが経営する数多の店の中でも特にハイグレードなホテルでサービスマンをしていた男だった。取引を終えた後にたまたま近くのそのホテルに宿泊した際、ウェルカムドリンクをサーブしたのがヤコウだったのだ。
褐色の肌に、飴細工のような金色の髪。そして瞳は月をはめこんだように煌々しい。ヤコウは、彼が今フルートグラスに注いでいるシャンパンのきめ細かい泡みたいな、そんな繊細さを全身にたたえていた。自身の周りにいないそんな男を、もっと眺めていたい、側に置きたいと思ったのだ。


「お前ェ、名前は?」

「これは大変失礼いたしました。こちらに滞在中、若様のお世話をさせていただきますヤコウと申します」

そう言って笑う顔は正に極上、の一言であった。

「フッフッフッ!ヤコウか、気に入った。おれのところに来い」

「ふふ、若様。お戯れを」

「ア?」

予想外の回答。しかし、そうさらりと躱してしまうヤコウに、なぜか怒りは覚えなかった。むしろ、自分の思い通りにならないことに、胸が躍る。必ずイエスと言わせて見せるとやっきになった。
ドフラミンゴは近くの海域で取引がある度、同じホテルに行き、ヤコウに同じ言葉を囁き、そして同じように躱されて続けた。




それがある日、初めてヤコウが別の言葉を口にした。
いつものドフラミンゴの言葉を聞いた後、笑顔で拒絶するのが常であったヤコウが、その日は少しだけ眉根を寄せたのだ。


「……若様は、そんなに私をお気に召して下さっているのでしょうか?」

「フッフッフッ!じゃなきゃこんなに頻繁に同じ場所には来ねェさ」

「しかし、私は……いつもこのような風ではないのですよ?」


ものすごく困ったような顔をして、当たり前のことを言うので、そのことにドフラミンゴは驚いた。それはそうだ。四六時中畏まった人間なんている訳ないし、むしろ、いくら話しかけても頑なにホテルマン然としてそれを崩さないヤコウの態度が、徐々にくだけていく様を見るのも楽しみだと思っていたからだ。


「ギャップがあるのがいいんじゃねェか!飼い慣らし甲斐があるってものだ」

「飼い慣らし甲斐、ですか」


ヤコウは、ふむ…と何かを考え始め、しばらくしてから「それであれば」と了承の意を唱えた。
ドフラミンゴは喜んだ。喜びすぎる余り、彼の気が変わってしまう前にと、さっさとホテルを後にしてきて、今に至る。





「これがおれの部屋だ、お前ェも好きに使っていい」


ヤコウを自室に入れると、広い室内の特注の琺瑯のバスタブや、お気に入りのソファなどを簡単に案内する。ヤコウがやっと手に入ったことでドフラミンゴは少し浮かれていたが、肝心の彼はずっと下を向いて黙ったままだ。その様子を見て、ドフラミンゴは少し不安になった。
まさか、やっぱり嫌だ、もう帰りたいなんて言い出すのではないか?
そう思った、瞬間。




「……ッアーー!疲れたァ」

ヤコウはそう大声を上げると、大きく伸びをして首をごきりと慣らした。乱暴にタイを外して床に投げ捨てると、ソファに座りすらりと長い足を投げ出す。がしがしとオールバックを崩す様子を、ドフラミンゴは唖然と眺めていた。


「ほんっと生活のためとはいえ毎日毎日よくやってたぜ、俺は褒めるね自分を」

「……ヤコウ?」

「あ、若様。俺、こっちが素だから」


微笑むその笑顔は全く同じなのに、数分前の繊細なヤコウはそこに居ない。いつもの型枠に嵌めた美しい飾り菓子のような彼と違い、目の前の男は粗野で、卑俗で、言いようのない艶をたたえていた。


「……ギャップ、ありすぎだろうが……」

「だーから言ったじゃねえか。俺はちゃんと警告したかんな」

ヤコウは、そう言ったかと思うと、ぐっとドフラミンゴの胸ぐらを掴んで顔を寄せる。
そのキスは、ラズベリーミントのマウスウォッシュの味がした。


「最後まで責任持って飼えよ?若様」


片方の口の端だけくいと上げて色っぽく笑う様子に、これは思ってた以上に面白い男を拾った。そう、ほくそ笑むと、ドフラミンゴはその問いに「ドフィでいい」とだけ返した。
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