がちゃんと事務所のドアが開く音がした。臨也はそれを自分の椅子に座ったまま聞いていた。振り返らずともそれが誰なのかわかっていたのだ。続いてかつかつと細いヒールの音がする。

「お帰り、波江」
「……」

波江は黙ったまま忌々しそうに臨也を睨んだ。臨也は面白くなさそうにパソコンを弄っている。

「久々に誠二くんには会えたかい?」
「ええ」
「そう、それは良かったじゃないか。鯨木かさねに捕まりそうになっただけのことはある」
「何が言いたいの」
「別に?ただ、新羅のとこにいたら見つからない訳だ、と思って」

波江は不快そうに眉をひそめた。臨也が何を言いたいのかは大体理解できる。当分顔も見たくなかったが、帰って来ないわけにもいかず結局臨也の元に戻ってくる事になってしまった。
事務所にはコンビニのビニール袋が乱雑に数枚置かれていた。どうやら波江が居なかった間、コンビニ弁当か何かで食事を補っていたらしい。妙に機嫌が悪いのはそのせいもあるだろう。
臨也は黒い椅子から立ち上がり、足早に波江の側へ歩き寄った。そのままずんずんと壁に追い詰めてゆく。久しぶりに感じた臨也の威圧感に波江は押されていた。

「その口で、岸谷森厳や新羅と会話をした?弟に愛を吐いたのか?」

臨也は鋭く、温度のない言葉をぶつけた。ひどく苛ついているように見える。波江が何か反撃の言葉を返そうとしているうちに臨也は次の行動に出た。

「…ん、っ」

強引に唇を塞がれて波江は目を丸くする。身体を引こうとするがすぐ後ろには壁があり身動きが取れない。それを良いことに臨也は波江の柔らかい唇を甘噛みした。

「や、め…っ」
「君には想像出来ないだろうけど、俺は俺なりに…」
「臨也?」

ぐらりと臨也の身体が揺れた。ここ数日は散々な目にあって身体がもたなくなっているらしい。いくら臨也とは言っても静雄などとは違って普通の、人間なのだ。バランスを崩した臨也の身体を咄嗟に波江は受け止めた。男にしては随分と細身なその身体は驚くほどに軽かった。

「栄養失調ででも死ぬ気?」

皮肉めいた波江の言葉に彼女の肩の辺りで臨也はフッと笑った。そして小さな声で「おかえり、波江さん」と囁くように言った。


(ただひとりのにんげんでした)

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11巻の感想のような感じです。


title:彼女の為に泣いた


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