いつものように野暮用を済ませて事務所に帰って来たら、書類用の本棚の横で波江が泣いていた。音もなく、声も出さず涙を流す波江の横顔はまるでサイレント映画みたいで妙に綺麗だった。はらはらと止まることなく涙は落ちる。大きなガラス窓から射す光に照らされて真珠のように見えた。

「波江さん」

声をかけると彼女は顔を上げてず、と鼻をすすった。それでもまだ涙は止まらない。頬を伝って何度も服を濡らしていた。なのに表情はいつも通り。実はアンドロイドなんじゃないかと思う。


「私も泣けたのね。涙なんて私の中に残って無いんだと思っていたわ、だから少し驚いているの」
「…それはこっちの台詞だよ」
「そう」

ゆっくりと階段を上がって、波江の元まで歩いていった。何でだろう、この女は決してまともじゃないのに、哀しくてこちらが身震いするくらい美しい。作り物のような見た目のくせに中身はひどく人間くさい。俺は今までこんな人間に会ったことがない。
しゃがんでいる波江が俺を見上げる。顎の端からまた涙が落ちた。

「止まらないの。」

一言そう言って波江は目を伏せた。睫毛に涙が付いてきらきらと光っている。それを指で掬った。拒まれるかと思ったけど波江は目を伏せたままだった。熱い涙がじわりと俺の指に染み込む。

「空っぽじゃなかったんだ」
「ええ?」
「波江さんの中にこんなあったかいものがあったんだね」
「…失礼な男」
「今更気付いたの?」
「知っていたわ。」

涙はきっと彼のものなんだろうけど、こんな風に涙を溢す波江は俺しか知らない。心のずうっと奥が手に入らない限り波江は壊れたみたいに涙を流すんだろうな。そしてそれを止めることは俺には一生叶わないんだろうな。そう考えたら腹の奥がぐつりと音を立てて同時になんだか泣きたくなった。


(零れたらすくえばよかっただけの話)

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無表情で涙を流す波江さんとか絶対美人。

title:ごめんねママ

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