おかしい、どうも様子がおかしい。頭の端で部下の事を考えながら臨也は仕事に励んでいた。情報屋を名乗るだけあり、日がなちゃらんぽらんとしているだけで務まるものでもない。膨大な情報やデータを整理し、商品として扱わなくてはならないのだ。実質社員と呼べる人材は自分を含めて二人というこの会社で、どちらかが仕事をサボってしまっては回らないことを臨也が一番よく知っている。

(それにしても…なあ…)

見るからに行動のおかしい波江は、今日はもう三度も珈琲を淹れ損じている。おかげで臨也は未だ飲まず食わずの状態だ。

「ねえ、波江さん?」

いつまで経っても終わらない書類の整理に痺れを切らせ、臨也は吹き抜けの本棚を仰ぎ見た。波江は振り返りもせず「何よ」と返す。その声色はいつもと変わらないのだが…。
明らかな違和感に臨也は眉をひそめた。またあの弟と何かあったのだろうか、と思案している間に波江の身体がその場に崩れ落ちていた。

「、波江さん!?」

驚いて階段を駆け上がり、臨也は波江の身体を抱き起こす。もしやサイレンサー付きの銃で撃たれたかとも思ったが、外傷はない。代わりに荒い息を繰り返している波江はひどく熱かった。額に手を当てるとやはり熱があるらしい。臨也は波江を横抱きにして自室のベッドに寝かせた。

「…ん、いざや…?」
「ああ、波江さん、大丈夫?」
「…大丈夫、よ。ここに、来るまでに病院に寄って…検査、して来た…から。ノロウイルスとか…インフルエンザの、可能性は…無い、わ」

波江は切れ切れにそう告げる。病院に行ったのなら、検査どうこうより休むべきだっただろう。それなのにこの意固地な秘書は何でもないかのように事務所にやって来た。変なところで頭が悪い、と臨也は思う。

「馬鹿じゃないの」
「……」
「良いから、今日は寝てて」

ぴしゃりと冷たい言葉を浴びせて臨也は自室を後にした。ドアを閉めた瞬間小さな声で「ごめんなさい」と聞こえた気がした。

仕事を続けていても何故だか落ち着かない。あの後何度か自室に行き、熱冷ましや薬を運んだりもした。それなのにいつもと違う様子の彼女が自分の部屋に寝ているというだけで腰を落ち着けて居られない。今こうして自分がパソコンに向かっている間も波江が苦しんでいるかもしれないのだ。

「…っ」

何度目か波江の様子を思い浮かべた後、臨也は椅子を立った。足早に階段を上って行き、自室のドアを開ける。ベッド越しに見える全面の窓からは東京の空に雪が降っているのが見えた。景色は煙り、窓の端が結露している。臨也は傍の椅子に腰を下ろし窓の外を眺めた。まっすぐと天井を向き目を閉じている波江はまるで作り物のようで美しい。白い瞼はしっかりと閉じられてもう二度と開かないような気さえした。

(綺麗だなあ…)

臨也ははっきりとそう思った。音を立てないように椅子から立ち上がり、小さく息を吐く波江の唇を塞ぐ。じわりと唇越しに体温が伝わってきた。臨也は満足そうにもう一度椅子に座りなおす。それから雪明かりで照らされた室内にひっそりと眠っている波江をいつまでも見つめていた。




(恋人みたいにさめざめしよう)

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瀬とさんから頂いたリクエストでした。なるべく少女漫画的イベントっぽくならないように考えました…!


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