「…ねえ、ちょっと?」

あからさまに不快感を醸し出している波江に対し、臨也は素知らぬふりで作業を続けている。普段波江の着けているエプロンを装備し、いそいそと台所に立ち始めた上司を部下は呆れたように眺めていた。まったく、この男の気まぐれには困ったものだ。これから昼食を作ろうと、そう思っていたのを先回りして台所に立たれたのだから波江が不機嫌になるのも仕方が無い。対する臨也はまったく気にもとめていないようだ。
初めは臨也の包丁使いを後ろで眺めていた波江だったが、その手慣れた様子に手出しは必要ないと察した。とんとんとリズム良くまな板の上で包丁が鳴っている。どうやらやめる気はさらさらないらしい。

「はあ、もういいわ。勝手にしなさいよ」

ついに波江は諦めて台所を後にした。午後にやる予定だった書類に軽く目を通し、もう一度台所を見やる。呆れているのは確かだが気になっているのも確かなようで、それからも何度となく波江は臨也の方をうかがっていた。

「ねえ、波江さん、みりんってどこだっけ?」

したり顔の臨也が振り返って問う。波江はため息をつきながらも立ち上がった。臨也の手元にみりんを渡すと、作っているものに目もくれず、戻っていく。
実際、臨也が料理を始めれば波江は仕事は書類整理のみになってしまうのだ。気まぐれ上司の面倒な注文に応えなくて良いのは楽だが、自分の仕事が取り上げられたような気がして波江は少し寂しさを感じていた。

「はい、出来た」

突然そう言われて波江ははっと我に返った。ミトンをはめて臨也が持って来たのは肉じゃがだった。見た目は良く、いい香りがしている。波江がきょとんと皿を見つめていると、臨也はにやりと笑って食べてよ、と言う。

「波江さん、肉じゃが好きでしょ?俺が何でもいいって言った時はよく肉じゃが作るし。何かここのところ元気ないからさ?優しい上司の手料理だよ」

波江はしばらく臨也の顔を見つめていた。それから箸を手にして一口肉じゃがを口にする。自分の作るものとは違うがなかなか美味しい。波江は無言で食べ続ける。半分ほど行ったあたりでようやく口を開いた。

「作れるんじゃないの、料理」
「えっ?」

未だ波江のエプロンをしたままの臨也は満足気な顔を少し歪めた。それからああ、と合点がいったように頷く。波江から箸を奪い自分の肉じゃがを一口食べた。

「自分で作って自分で食べてもさ、美味しくないんだよ。波江さんが作ってくれるから美味しいんであって。一人だったら絶対作らないし、コンビニ飯とかもやだし、波江さんが作ってくれなきゃ困るんだって」

嫌味な男だ、と思った。きっと波江の考えなど全てお見通しなのだろう。にやりと笑ってもっと食べてよ、という。波江は不機嫌そうにしながらも肉じゃがを綺麗に平らげた。そんな波江とは反対に上機嫌の臨也は鼻歌を歌いながら皿を流しに持って行き、洗っている。その後ろ姿を見ながら何故だかむず痒さを感じ波江はデスクに向き直った。


(男子厨房に入れず)

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海里さんから頂いたリクエストでした。あんまり波江さんがソワソワしてない上に不機嫌になってしまいました…。

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