ブルーの森で

この森には、夜のこない空が覆う。
舟もないから、泳がなければ、来れない。
そして、森を漂って出合ったのは―

「―何(だれ)…?」

―君、だった…

◆ ◆ ◆

―何処から来たんだろう…
初めて見たとき、思ったことはこれだった。
「何処から来たの?」
「………」
「名前は?」
「………」
「君は、何(だれ)?」
「………」
僕の問い掛けに、君は答えない。
そして、ゆっくり口をひらいた。
「何も、ない。」
君は、小さく呟き、再び無言になった。
「名前を、つけようか。君と、僕と、お互いに」
僕は言った。
「…あしたには、また忘れてしまうものだとしても…」
僕をみて、君は小さく呟くように言った。

「…呉羽…」

君が、僕につけた名前。
そして僕は、君に名前をつける。

「…クチナシ…」

今思えば、はじめての会話だった。
互いの名に込められた言葉の意味など、知らない。
でも、その日から、僕―呉羽と、君―クチナシとの生活が始まった―

◆ ◆ ◆

最初は会話も少なく、ギクシャクしていた関係も、今では考えられないくらい。
今日まで、二人で過ごしてきた。
僕と君は、今ここに並んでいる。それは確かな、二人の世界。
僕はよく君に訊くんだ。
「君が今まで見てきたってものを、僕に話してきかせてよ」
君は、そう言うと僕に微笑んでくれる。
「うん、いいよ」
僕は、君のなかで旅をしている。
僕は、この場所から、動けないから―

◆ ◆ ◆

「次の季節が来れば、君はゆくんでしょう…?」
その言葉に、君は頷いた。
そうすれば、僕はまた静けさに飛び込むことになる。
思い出す度に、僕は思う。
この体に羽があるのならば…
歩いてゆける足があれば…
何かに乗ってゆける機会があれば…
今度ばかりは、考えてみた。
どうすれば、僕はいいのか―
考えても、考えても、答えは出ない。

◆ ◆ ◆

どこまでも続くブルーの森で、僕は一人になった。
君がいってしまったから、二人から一人になった。
頬を、水が伝った。これが涙…?
涙のようなものが、溢れた。

「これが哀しいってことかな」

僕は呟く。
誰も返さない。誰もいない。
ただ、元に戻っただけ、なのに…

◆ ◆ ◆

僕と君は、ここに並んでいた。
それは、確かな二人の世界だった。
まるで、今日生まれたみたいな気分だったんだ。
夢を渡す火が、灯るような、暖かさが、そこにはあったんだ。
暖かい、希望のある時間だった。

世界の果てに、思いはめぐる。

でも、その思いは届くかわからない。
僕のいるブルーの森は、どこにあるかわからない。
僕は、ここから出たことがないから。
君が、どうやってここまで来たのかわからない。
でも、君と過ごした時間は、僕を変えた。
君と過ごした季節は、たったの一つか二つ。
君のゆきさきを僕はわからない。
君とはもう、二度と合えないかもしれない。いや、きっと合えない。
でも、できることなら…と何度も思った。
「僕は…」

「僕は………」

そこから先は、言葉にならない。
どこまでも続くブルーの森で、僕はただ一人、生きている。
そして―

世界の果てに、思い、めぐる……

続く→

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