04 訓練の時間



「で、状況は」

「報告するようなことはなにも」


電話中。相手はある組織の男。私をこの世界に連れてきたこの男のことを私は何も知らない。否、知れない。生きるために言う通りに中学生になり暗殺者となっている。生活の保障はしてくれているがそれ以外本当に迷惑な話である。


「なまえ。君は暗殺にあまり参加していないみたいだね」

「……慣れないだけです」

「帰りたいならば、早くあの生物を殺すことだよ」

「、……でも、体力も運動神経も自信ないので」

「あぁ、心配しなくていい、大丈夫だよ」

「?」

「では、今月分の生活費は振り込んでおこう」

「……ーーー」

「−−−−」


切れたスマホを暫く握りしめる。このスマホだってあの男が私に買い与えたモノ。この家も、服も、家具も…ここでの生活すべて

ここには思い出も私の知る人も私という存在すべてがない。
今はただ一刻でも早く元の世界に帰る為に頑張らないと、元の世界にある私の居場所を取り戻すために。



◇◇◇



翌日の体育の時間。初めて着る椚ヶ丘中学校のジャージに着替える。3年生であるみんなのジャージはくたびれてるけど私のジャージは新しい。ここでもアウェー感。


「珍しいねなまえちゃんが体育参加するなんて」

「…この前までまだ慣れてなくてね」


適当な言い訳をクラスの子たちにはしておいた。手の中で遊ばせるぐにょんぐにょんの対先生ナイフ。これで切れるんだ…。ナイフというよりはおもちゃ。軽いし斬れないし柔い。これが武器。大きさは女子用だから握りやすい。否、ナイフなんて握ったことないけど、なんとなくしっくりくる。

烏間先生。防衛省特務部から派遣された今はE組の体育の先生。副担任である彼は、表ではE組の担任ということになっている。殺せんせーの存在が機密事項だもんね。


「次!柳沢さんと茅野さん!」

「「はい!!」」


私とカエデちゃんが呼ばれた。私の苗字は本当は違うけど、この世界での戸籍などの書類の関係上“柳沢”となった。最近はようやくこの苗字にもなれて返事が直ぐに出来るようになってきた。新婚の奥さんってこんな感じなのかな?なんて、意味のないことを考える。


「!」


ナイフを突き出して直ぐに感じたこと。身体が…異常に軽い。
自慢じゃないけど運動は小さい頃から苦手で学生を卒業してからは階段も昇らないくなってしまったっほど体力は低下していた。それが、今 身体は軽いし、烏間先生の動きも見える。


「あ、!」

「よし!2人とも加点1点!!」

「すごいーなまえちゃん!!私、加点貰ったの初めて!!」


隣でぴょこぴょこ飛び跳ねて喜ぶカエデちゃん。クラスの皆も褒めてくれる。



なにこれ?

この身体…私の?

容姿が若くなったことにも初めは驚いた。しかし、元々童顔だったこともあり受け入れるにはそう時間はかからなかった。でも、今回は明らかに可笑しい。私はこんなに動ける人ではないし、動いたことがない。

そう云えば、この学校への通学の山道や疲労回復の速度。今考えると可笑しい。若いといっても限度ってものがあるしそういう実験かトリップの作用で若返っているだけかと思ってたけど…(それでも、十分異質だけど)。


あの男の“心配しなくていい、大丈夫”ということはこのことか、知っていたということはこれもあの男のせい。

あの組織の実験で私は一体何をされているんだろうか。

トリップ、若返り、身体能力アップ……

私の脳裏を掠めた考えたくないこと“人体改造”

私は何者で何のためにここにいるのだろうか―――