HoYoverse

頬に残るはあどけなさ

 見た目よりも柔らかな癖毛を撫でてやると、うっすらと閉じられたまぶたがほんの一瞬だけ震える。
 にわかな刺激に小さな身じろぎこそするものの、その眠りが中断されることはなく――丹恒は再び深い眠りに落ちていったようで、やがて穏やかな寝息をたてはじめた。文字通りすやすやと眠る様子は警戒のケの字もなく、頭のてっぺんから足の先まですっかり気が緩んでいるようだ。
 そのくったりとした様子は亡き息子――もしくは亡き夫を思い起こさせるもので、ナマエは在りし日の思い出に意識をやりながら、小さく、漏れるようなため息をつく。

「……君が、こうしてずっと穏やかに眠れる毎日であったらいいのにね」

 丹恒が何度も悪夢に魘されていることは、もちろんナマエも知っている。彼の寝泊まりする資料室の壁は客室に比べて少し薄い造りをしていて、何かを蹴ったり、本を落としたりといった小さな物音が廊下に聞こえてくるくらいなのだ。
 ゆえに、彼が悪夢に喘いで飛び起きる夜のことも、眠れなくて廊下を彷徨いていることも、ナマエはよく知っていた。なんなら、眠れない彼のためにホットミルクを振る舞って、微睡みを得るまで話し込んだこともある。
 だからこそ思うのだ、こうして丹恒が安らかに眠っている今が、ひどく貴重な時間なのではないかと。はじめて柔らかいベッドに潜ったときは居心地悪そうにしていたのに、知らぬ間に慣れたのか否か、気づけば今のように深く寝入るようになっていて――このあどけない寝顔を見るたび、ナマエは胸の奥のやわらかな部分を撫でられるような、もしくは優しくつねられるような、複雑な感覚に陥るのである。
 甘えるような寝姿によぎるのは、彼が孕んでいる幼さ。無垢というほど子供ではないのだろうが、かつて「母」であったナマエには彼の胸の奥に眠る幼さが見えるような気がするのだ。
 まんまるの頭を再び撫でて、丹恒の眠るベッドのなか、するりと体を滑らせる。何もしない同衾は二人にとってひどく日常的なものであるため、今さら照れることもない。細身ながらしなやかに鍛えられた体をゆっくりと包み込んで、安らかな寝息を肌で感じながら、ナマエも静かに目を閉じる。

「おやすみ、丹恒くん。また明日ね」

 開拓の旅はひどく困難で波乱ばかりであるだろうが、これからもずっとこんなふうに、丹恒の穏やかな眠りが約束された日々が続くようにと、ささやかな願いを込めて。


2023/07/15

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