HoYoverse

ガンダルヴァー村の隠れた問題児

 ナマエ先輩のことは尊敬している。ガンダルヴァー村でレンジャードクターとして活動する彼は、かつて共にアムリタで机を並べた同志であり、信頼している先輩の一人だ。
 優秀な人間だった彼はそのまま医学者として教令院に残るのかと思われたが、どうやら様々な確執によって、順風満帆のように見えたレールを自分から降りてしまったらしい。本人からすればそれは挫折以外の何物でもないのだろうが、その苦難のおかげで今があるのだと思えば、他人事の僕からすればそれはある種、「不幸中の幸い」である。

「せ、先生っ! あの、これはなんて読むんだ?」
「うん? ……ああ、これ。ちょっと難しいよな。これは――」

 今、僕の目の前には先輩に教えを乞うコレイのすがたがある。こと医学に関しては僕よりも先輩のほうが秀でているので、たまにこうして「先生」を交代することがあるのだ。
 僕と同じように――否、感情の種類は少し違うかもしれないが、コレイも先輩のことをひどく慕っているようだ。固く閉ざされた心をすべて開き切っているのかといわれたら答えづらいが、それでも彼女なりに厚い信頼を寄せ、懸命に彼の背中を追いかけているのだと思う。
 もちろん、コレイだけではない。先輩は人付き合いに能動的かつ積極的だし、老若男女問わず様々な人間が彼に好意を向けている。もともと教令院で魔鱗病について研究していたこともあり、魔鱗病の患者たちにはひときわ献身的に接していたため、今でも彼らは先輩のことを強く慕っているように見える。子供たちは先輩が近くを通りかかるたびに飛びついてくるし、コレイと同じような熱っぽい視線を送っている人も数多くいる。
 けれど――僕は知っている。先輩が抱えている「問題点」、もしくは「異常性」を。人当たりが良くて気さくな好青年はあくまで彼の外面でしかなく、その根っこに住まわせている「本質」が、いうなれば水キノコン――それも、ひどくジメジメして目も当てられない、「ジメジメ水キノコン」とでも呼ぶべき湿気たものであることを、僕は教令院での数年間で目の当たりにしてしまったのだ。
 コレイが彼の本質に触れる日が来るのかはわからない。それこそ先輩の昔の恋人のように、彼の根源を知った途端距離を取るようになるかもしれない。
 ただ――

(少なくとも、先輩がその湿気た本性をなんとかしてくれるまでは、コレイをやるわけにはいかないからね)

 机を挟む二人のすがたを見ながら、僕は見通しの悪い未来への不安を、ちいさなため息として逃がしたのだった。


2023/07/11

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